スポンサーサイト

  • 2014.04.04 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    You Can’t Always Get What You Want (STONES 50th "ONE MORE SHOT"-1)

    • 2013.09.10 Tuesday
    • 16:28
    これまた遅ればせながら、ローリング・ストーンズ結成50周年のLIVEを観た。

    演出には当然金かかっており、ゴリラのマスクをかぶったドラム鼓笛隊が原始的なサウンドで場を盛り上げて、ストーンズ登場という演出、悪くない。
    まあ今のストーンズが、業界の最前線にいるのかどうかはわからないけれど、
    それでもミック・ジャガーの凛とした佇まいと、あの研ぎ澄まされたダンスには、まったく敬服する。
    いや、させられる。

    ゲストで出てきたGAGA(「Gimme Shelter」)にも、ジャガー氏、決して負けてなかったし。
    そんでもって、なぜか、我らがボスことブルース・スプリングスティーン御大もギターもって現れて「Tumbling Dice」をプレイしたのだけれど、
    ストーンズの舞台に彼は全く溶けこんでませんでした(苦笑)わ。
    単にどっかのマッチョなおっさんが轟音ギターを弾き鳴らしてるって感じ。
    でもギター弾きながらキースと並ぶ破顔の笑顔は、ナニモノにも代えがたいものでした。
    ミュージシャン同士にしかわからないあの阿吽のやりとり!
    俺たちは生きてきてプレイしてシャウトし続けてきたんだぜ、小僧、って言うあの矜持。

    他にも有名な曲もいっぱいやった。
    「You Can’t Always Get What You Want」の荘厳なコーラス隊はあの曲の雰囲気をよく再現していた。

    その一節は今でも時々脳内で繰り返されるあのフレーズだ。

    欲しいものがいつだって手に入るかどうか、そんなことわかりゃしないさ
    おい、おまえ、
    だけど、やってみなけりゃわかんないぜ
    ひょっとしたらね、手に入るかもしんねえだろ?

    そこで口開けて餌を持ってるお前のことだよ!

    (意訳です)

    NebraskaとNeil Young

    • 2013.09.07 Saturday
    • 12:58
     憂鬱に踊らされてやけくそで躁のダンスを踊る
    荒廃した心をひんむけば、荒廃というよりむしろ静かな諦念の海だった
    そんな海をUP&DOWNでくぐり抜けてゆくと
    シーソーゲームの日々の中で摩耗してゆく自分の背中が見える

    おい おまえのさびしさなんて おれのちっぽけなちんちんふったあとのしみみたいなもんさ くだらねえ

    誰かが警報ベルを鳴らそうとしてるのに
    それを誰かがまた丁寧に止めようとする
    「全然心配ありませんよ、なんの問題もそもそもないんですから、始めっからなんにもなかったんですよ、ましてや事件なんて」
    砂漠に咲いた花の上を何度も戦車が通りすぎて轍が残される
    乾ききった大地のそのくぼみにホントに必要な物なんて赤子だってわかろうものを

    このちがながれるのをだれかとめてください おかあさんをたすけてください

    時間に追われて、時間を追っかけて、目の前にはアリスのうさぎの後足がほらまた見え隠れする
    もう君との果てしない追っかけっこには疲れたよ
    いっそのこと放棄してみることも大事かもね
    寝転がったらほらこんな青い空が見えるだろ 知ってたかい 
    こんなに高い蒼穹だったってこと
    そこをくぐり抜けたら いつか夢見た場所に行けるかもしれないってこと

    ありすはいいました うさぎさんうさぎさん これはぜんぶわたしのゆめなの?あなたのゆめなの?

    それでも耳元でうさぎだか狐だかは囁きかけるのをやめてくれない
    引き金を引け、ボタンを押せ、アクセルを踏み込め
    ほんのちょっとの労力でずっと楽になれるのになんであんたはためらうことがある

    ほぉほぉほぉ ひぃひぃひぃ ふぅふぅへぃ さあもうひといき ふんばってくださいよ おこさんのかおそこまでみえてますよぉ

    あの時の君の涙の意味を今更だけど考えてみたりしてみたんだよ
    なんてこったおれの鼻腔までしょっぱい水が侵入してくるじゃねえぁ
    そうかおれも泣いてるんだ
    そして流れる涙に意味があるのかどうかなんてもうどうでもいいこった
    竜巻が、洪水が、干ばつが、放射能が、トマホークが、
    そして、おれの背中には幾つもの刻印が、
    それら全部を涙の洪水が流しさってくれるといいんだが

    アトランティックシティで会おう
    アトランティックシティで会おう

    あの娘に一輪の花を買って
    あの娘に一輪の花を買って

    戦車の轍の窪みからは、ほらまた新しい芽がひとつ

    もうこれ以上の約束はできないけれど
    アトランティックシティで会おう
    今夜アトランティックシティで会おう

    あのネオンの下に、ボクの、きみの場所がきっとある



    ああ、またマスターベーションみたいな歌ができちゃったな。
    清志郎の歌に「多摩蘭坂」というのがある。
    無口になったボクはふさわしく暮らしてる・・という歌詞が何故か沁みる。
    饒舌な自分の中心を覗いてみたら何にもなかったというオチなんだけど。
    そんなこんなで、ブルース・スプリングスティーンがほぼアコギ一本で録音した「ネブラスカ」(1982)というアルバムを発作的に聞きたくなることがある。
    あの、死の周りの静寂なような音楽は、時として自分のふさわしい隣人である。
    そうやって、ウロウロしてNeil Youngにもたどり着いた。
    「On the Beach」という、友人の死のあとに発表され、長い間再リリースされなかったといういわくつきのアルバム。
    YouTubeには「ネブラスカ」plugged versionもあった。スプリングスティーンのライブから、ご丁寧に編集されて、アルバムの曲順に構成されている。
    パソコンをオーディをにつないで、ずっと流してみた。
    でもやっぱりエレクトリック・ネブラスカはあの「ネブラスカ」ではなかったんだ。
    世の中にはね、どうしようもなく卑劣な行為っていうのがあるんだよ、
    だから躊躇せずにおれを縛り首にしたらいい。
    そしておれの頸がコトンと落ちた先に、あの娘の膝小僧とかがあったらいいな。
    そんな風にスプリングスティーンは唄ったのだった。

    BBRデビュー!決まりました!

    • 2013.08.16 Friday
    • 11:55
     Hi!
    素人ミュージシャンのulalaです。

    サックスはじめて半年が過ぎました。
    飲み屋で盛り上がったまだまだ経験の浅い3人が、アルト・サックス3本(ひとりはテナー志望なんだけどまだ買えていないのでアルト)でバンドを結成したのですが、
    ついに初のお披露目が決まりました。

    10/14の島村楽器のコンサートat松前文化センターです。

    まあこちらからお金払って参加させていただくので、いわゆるお稽古発表会みたいなものなのかもしれませんが、なんせ人前でやるのははじめてなんですよね。
    気合入れて練習してゆきますよ。

    曲はハービー・ハンコックの「WatermelonMan」です。
    そうそう、我々のユニットね、バンド名だってちゃんとあるんですよ、BBRっていいます。
    なんの略かって?ま、それは秘密(笑)です。

    iPhoneアプリの「iRealB」っていう有名なソフトが有って、
    そこからジャズの名曲1300曲を無料でDLできるんですよ。
    Beatlesもありましたよ。
    テンポも変えられるし、テンポアップや、移調もできるし、オプションでレゲエのリズムとかも可能なんですよね。
    早々に先生に教えていただき、DLして、それをバックにひとりで練習しててもなかなか楽しいもんです。
    こんなソフトが日本の楽曲でもないもんでしょうかって思いますけどね。

    で、楽器やってるうちに、
    中学校まで演っててほぼスクラップと化してたバイオリンをなんとか再生させてという思いが日々募り、
    この6月に東京に送ってリペアしていただいて、
    それを眺めてたら、そりゃあね、情熱もわくってもんでしょ、うん十年ぶりかでバイオリンも再開しちゃったんですよね。

    こちらは美人の先生について習い始めたところなんですけど、
    (自分のやりたいコンセプト・・なんか昔やってたみたいなクラシックの曲を練習してゆくんじゃなくって、コードに合わせてアドリブ弾けるみたいな、そんなお話したところ、・・)
    「5年はかかりますよ」
    「いや先生、そこをなんとか1年で・・」
    「音痴の私が10年かかったんで5年なんて短いと思うんですけどね・・」
    「そんなこと言われても・・」
    「まあぼちぼちやりましょう・・・・・・・・・・きっと出来るようになりますよ、はぁ・・(ため息?)」
    という実のあるのかないのかわからん会話で、週1回のレッスンが始まったわけですけど。

    こんなかんじでプレイできたら楽しいだろうな。

    なんだか浜田省吾さんの歌が、この国のありようとか戦争とはあんまり関係なく、出てきた。でもやっぱり関係あるんだろう、確かに焼け跡からここまで来たし。

    • 2013.08.09 Friday
    • 18:29
     扉(ドア)をひとつ閉ざす度 窓をひとつ開けておく

    「My Home Town」(浜田省吾)という歌の歌詞だ。

    おれだって、そんなふうにこずるくやってきたのかもしれない。
    でも今更この街を出たって、ここではないどこかを求めたところで変わったことなんてないだろうし、
    たとえばこの世界からフェイドアウトしたって、
    自分で夢も見ることができなくなってしまったらそれこそ意味なんてないだろう。

    心配しなくたっていつかこの屁みたいな世の中から必ずおさらばできるんだしね。
    だったらしがみつこうが、達観しようが、そんなのの、ほんの一瞬の浮世の夢にしか過ぎないのかもしれないよ。

    俺はこの街で生まれ 16年教科書を
    かかえ手にしたものは ただの紙切れ
    同じ様な服を着て 同じ様な夢を見て
    瞳の中 少しずつ死を運び込むような仕事に 追われてる

    そんなふうにやっぱり昔は思ったよね。
    もう50過ぎたおっさんおおいらも昔はがきだったってことだね。
    笑い話だ。
    でもおれはね今でもすべての有象無象に納得してるわけじゃないんだよ。

    サヨナラだけが人生だ
    かつて寺山修司は言った。
    I say Hello,You sey Good-By.
    これはポールかな?

    いずれにしても、最期はみんなおんなじなら、
    老いさらばえた裕也さんがオレにはコミック雑誌なんていらない」って杖をギターにしてシャウトするように、
    おれにはもうiPS細胞はいらないだろうって歌うな。だっておれの人生は有限でいいから。

    オレに必要なのは、オレに必要なのは、
    ほんとこの残り幾ばくかわかりもしないこの人生を楽しむことだけなんだ。

    一番大事なのは、世間体の約束とか成功よりも、オレ自身のサティスファクション。

    ここではなかなか一言で内容を語ることは出来ないけど、
    「そろそろ近いオレの死に」っていう金子光晴翁のカッコいい詩もあるよ。

    香華をあげるって?冗談ぢゃない。
    俺だったら、怒るにちがひない。
    死んだら忘れてもらひたいものだ。 

    確かに死んだら忘れてもらいたいものだと、光晴翁のように思っている。

    「浜田省吾ライブスペシャル〜僕と彼女と週末に〜」(NHK BSプレミアム)

    • 2013.08.03 Saturday
    • 07:10
     2010年の秋、
    「どうして我々は今こうして、この状況の中に在るのか」というテーマで、
    記録映像やニュース素材と自分自身のライブ映像をミックスして
    「僕と彼女と週末に」という映像作品を制作し、発表しました。
    その作品を基調としたコンサートツアーを準備していた2011年の春、
    東日本大震災に見舞われました。
    悲しみと喪失感、そして、張り詰めた緊張感の中で行われた、
    このコンサートツアーはミュージシャンにとっても、
    ツアースタッフにとっても、特別な旅になりました。
    このテレビプログラムは、
    そのステージの模様をおよそ九十分間に編集したものです。
    音楽番組なので、音を楽しんで頂くことを目的として制作しましたが、
    基にあるコンセプト、「どうして我々は今…」を感じて頂けたら幸いです。

    (浜田省吾氏の冒頭のコメント)

    浜田省吾さんのスペシャルライブの番組を観た。
    BSプレミアムで放映されていたものだ。TVに出演するのはこれが最後になるだろうと本人が語っていた番組だ。

    『The Last Weekend 僕と彼女と週末に』とのタイトルのツアーは3・11を機にその意味を変えた、と、テロップに記されていた。
    そのツアーは毎回3時間40分にも及んだという。

    タイトルに冠されたその曲がリルースされたのももう随分前の曲だ
    (調べたら1982年でした。)
    「FLAMMABLE」と書かれた核弾頭を背に、例のカッコで浜田省吾氏が立っているジャケットがなんか当時はしっくり来なかったのを覚えている。

    楽曲の中、
    彼と彼女が、浜辺で戯れ、泳ぎ、他愛もない日常の会話をして眠りにつく。
    翌朝目が覚めると非常に気分が悪い。彼女も同様だ。
    とりあえず浜辺を散歩しよう、と、二人が向かった浜には、
    ・・白い腹を見せた魚が大量に打ち上げられている・・
    そんな語りの入った歌。

    当時のMCでやや自嘲的に浜田省吾さん入っていたように想う。
    「ファンからね、手紙が来て、浜田さん、二人は腐ったサンドイッチでも食って腹こわしたんですかねー」
    そう言って笑いながら、浜田省吾は、歌が何を示すのかについては自らの口で具体的に語ろうとはしなかった。

    だけど、長い年月、その楽曲を繰り返し、ツアータイトルに関することで、彼は示し続けてきたのだろう。
    それが浜田省吾っていうミュージシャンだ!

    しかし、2011にリリースされた、日本の歴史と彼の楽曲を合わせた叙事詩的で壮大なDVDは観るのが辛かった。
    その圧倒的なエネルギーに、自分はただ立ち尽くし、消耗させられ、目を背けるしかなかったのだった。



    しかしながら、ツアーの方は、音楽がうまく映像に溶け込んで、やはり王道・浜田省吾そのものであったのでホッとした。
    この愛媛の地ではなかったので、ナマを見ることはかなわなかったけど、なんだか安心した。
    ファンは勝手なものだね。

    それにしてもね、やっぱりね、自分の五感で感じることを大事にしていかなあかんからね。
    ネットで色んな物を組み立てても、リアルにたどり着かないことには、自分で納得せんことには、借り物だからね。

    浜田省吾さんは実に真摯な人間である。
    自分の中では村上春樹さんと似た部分もいっぱいある。
    テロップで流れる彼のツアーブログの言葉がまた素晴らしい。
    岩に向かって一刀1刀ノミを振り下ろすようなそんな感じで、しかしその一打はいつか実を結ぶのでは(実際はとっくに実を結んでいるんだけど)というそういった感じの文章だ!

    そんな訳で、遠ざかっていた浜省が「また盛りあがって行きましょうよ」と声をかけてくれたのでした。

    SION YAON 2013(2013/06/29)

    • 2013.07.01 Monday
    • 18:53
     何年かぶりの日比谷野音だ。SIONに会いに行く。
    ファンはきっとみんなそう表現すると思う。

    ライブに行くというより、会いに行く、というまさにその感じ。
    SIONが生きて歌っていることを確認して、よしよしとうなづいて、自分が生きていることをも再確認して、自分の住む街に帰ってくるのだ。
    また明日からの己の長い旅を踏みしめるために。

    こんなふうに書くとキザったらしいが、
    会場にいるあんちゃんたちの昂揚した顔や、
    酔っ払いながら(野音は野外の劇場で、みんなビールとかチュウハイとか、なかにはポケットボトルとか、ワインのボトル片手に飲みながら歩いてるお姉ちゃんカッコ良かった!、ふらふら歩いて、ライブを堪能できる稀有の場所なのである)、
    千鳥足のあんちゃんもSIONの声と池畑さんのバスドラにビクンと身体を揺すっているのをみると、こっちまでにやけてしまったよ!

    降水確率は当初30%だったけど、雨はふらなかった。
    夕闇にほんのり浮かぶホタル、空を横切るヘリコプターの音、薄い月も少しだけ見えた。
    終わって会場を出ようとするとお湿りのような雨。
    誰かがtweetしてたけど、SIONあんたは天気まで操れるのかい!

    公演の最中、3回ほど涙が出た。
    感極まった感じかな。
    死んでしまったキヨシローのことも思い出して、stepを踏んだ。
    SIONの歌詞には「始めたらその時が始まリなんだ、だからなんどでも始め直したらいい」といったたぐいのものが結構ある。
    そのフレーズに何度背中を押してもらったことか。
    おれはたしかに、あんたらの思っているほどいい人間でもえらい人間でもないだろう。
    だから何度でもつまずくだろう。あやまちもおかす。
    でも何度でも立ち上がる。やりなおす。

    行きの飛行機で、新聞の見出しにこう書かれていた。
    「神様は降りてこない」(だから毎日紙に向かうしかないんだ:どうも漫画家東村アキコ氏の特集らしかった)。
    そのとおりだと思った。
    神様がいつの間にか憑依して自然に超人になれる奴なんて、この世には、残念ながらかラッキーな事にか、いやしないのだ。
    だからおれもあんたも泥臭くってもどんくさくってもコツコツやるしかない、でもそのコツコツを放棄したあんたにおれのことをとやかくいう資格はない。

    ・・ってね。

    この日SIONの自宅録音のCD「Naked Tracks」の新作がまさにリリースされ、
    その中からもMOGAMIは3曲を披露した。
    しかし、こんな完全無欠のロックバンドが他にあるんだろうか?
    池畑さんのドラムに、ブンさんのギターに、一彦のカッティングに、井上さんのベースに、そして細海魚さんのアコーディオンに、
    それらのすべてに打ちのめされて、泣いて、叫んで、酒を食らって、東京の夜が始まったのだった。

    まとめ
    セットリスト

    sionyaon2013

    きみの不在/僕の不在/誰かの不在

    • 2013.06.17 Monday
    • 13:45
    評価:
    コメント:感度最高。

     ♪ずっとあれから努力してきたんだ
    きみの不在を受け止めること・・

    そうチャボはギター一本で清志郎のことを歌っていた。

    誰かが、例えば、洗面所のコップに自分の歯ブラシを突っ込んだままいなくなる。
    歯ブラシは主人の不在を知らないまま、そこに置かれている。

    そんな光景。

    それが、恋人でも親でも友人でも、患者さんでも、職員でも。
    幾多の不在。

    年を経た分、二度と帰ってこない不在も増えてきた。

    それでも、僕らは、どうして歯を食いしばって前を向いて進もうとするんだろう。

    こんなにも、こんなにも。

    生きることは哀しすぎるよ。

    何かを背負って、背負ったぶんだけ重くなって、背負った分だけすり減って、背負った分だけ充実して。

    忘れられないことは酒を飲んでも、やがて蘇ってくる。
    捨てられないものは、捨ててもまた目の前にぶら下がってる。

    僕はだから、
    こうやってチャボの歌声を聴いたり、
    キヨシローのアイシアッテルクアアアイに胸を熱くしたり、そんなことをまた何度も繰り返してゆくだろう。
    その時、僕の盃は、きっと満たされているだろう。

    いにしえのヴァイオリン

    • 2013.06.03 Monday
    • 07:12
     中学校くらいまでヴァイオリンをひいていた。

    医学部にいるときに、オーケストラで何かの楽曲(ありゃ30人くらいのオーケストラだったなー)をこわれてひいたが、ミスだらけだった。
    ヴァイオリニストは自分一人ではなかったのでなんとか誤魔化せたけど冷や汗モノだった。
    ・・・しかし、ということはその頃はまだまかりなりにも何とかなったということのかな?
    でもそれも30年くらい昔のことだ。

    もうちょっと最近で言うと、「のだめカンタービレ」が流行った頃、子供に見せようとして久々に楽器を引っ張り出してみた。
    それからしばらくして、ケースを開けてみると、弓の方の馬の毛で作られた部分が崩壊していた。
    当然ひけなかった。

    それを今回、restoreしてみようと5月の終わりに島村楽器に持っていった。

    どうしてだろう。

    世の中には、音楽を聴く人間と、聴かない人間がいる。
    正確に言うと音楽を必要とする人間と、必要としない人間だ。
    こう書くと傲慢な書き方になるかもしれないけど、音楽とか本とか野球とか麻雀とかゴルフとか、そんなものは、無縁のヒトにはホント無縁のものだ。
    なくっても生きていけるという意味で。
    そういった意味での「必要」という表現である。
    そして音楽を聴く人間には、リスナー中心と、下手でもなんでも自分で音を出してみない時のすまん人間とに二分されるような気がする。
    もちろんどっちもというヒトもいる。
    どれがどうというのではない。

    でも、サックスを鳴らした時、自分はとっても気持ちが良かった。やっぱりプレイするっていいうのはいいよね、と、心底思った。
    それだけではなく、いろんな偶然やら出会いが積み重なって、それこそ小さなみ重ねでこの「プレイする」という行為は奇跡的に続いているんだろうけど。
    そんなヴァイヴレーションがまた後押ししてくれたのか、
    ガキの頃、わけがわからんでひいていたヴァイオリンを再び手にとったら何かが起こるのではないか、それは今しかないのではないか、と、そんなふうに考えたのだったろう、多分。
    サックスは自分の中の何かの媒介なのだ。
    サックスとか音楽とかそれに付随する人生とかそういった何十年もの蓄積がなにかを導いてくれているのだ。

    昨日、(Saxの)先生が、東京から連絡があったと教えてくださった。
    楽器のrestoreには1ヶ月半ほどかかるとのこと。
    さあ、再会はなにを産み出すのか、それとも、ただのふうんで終わるのか。その楽器を手にしておれはなにをするのか。
    答えがなくっても、それはそれで。だからワクワクというよりドキドキかな。

    人生は4ビート モアリズムが沁みる夜には・・

    • 2013.05.31 Friday
    • 18:40
     ♪人生はいつも路上のカクテル・パーティ
    ♪ひとつ踊れば熱い思いも消えてゆく・・

    かつて甲斐よしひろは「HERO」という歌でそううたった。
    ガキだった自分はそうなんだとやたら感心したものだ。

    しかしその頃は、カクテル・パーティという「刹那」のほうを重視していたような気がする。
    でも、今はちょっとだけわかる。
    あの熱い思いは一体どこへいっちまったんだよ、なんでおれこんなに平然としていられるんだよ・・って思うことだって多いから。
    そんなに悲しいのになんで平然と笑えるんだよ、とか。
    そんな人恋しい顔してキスもしてないのになんでもう帰っちゃえるんだよ、とか。
    だから余計に「熱く」なりたいんだ、ってこともね。

    人生は8ビートだと思ってやってきた。
    前のめりで生きたいとも。

    でも、最近思う、人生は4ビート。
    歩く速度で時は流れてくんだって。
    8ビートだけじゃないんだよって。

    そうさ、心臓は死ぬまで、幸いおれの固有のビートを奏でくれているじゃないか。

    ♪とおまわり、とおまわりするのさ、どんな人生にも花は咲く。

    これはモアリズムの「笑う花」だ。

    そう、どんな人生でも、それはその人の、その人だけの人生なんだよ。
    泣いても笑っても、悔やんでも喜んでも、二度とないおいらの人生なんだ。
    だからね。だからさ。

    彼らの新しいCDは「&BLUES」という。
    ここのところ毎晩聴いている。例によって聴いているうちに寝ちゃうので何時まで経っても、わかんなくなっている。歌詞カードも開いていない。

    でもわかるよ。その後に来るのはいっつもBLUESなんだ。

    明るいBLUE、白茶けたBLUE、とことん陰惨なBLUE、それでもどっこいしょと腰を上げるBLUE。
    そしてBLUEの複数形がやっぱりBLUESだ。

    おれは今宵もモアリズムを聴く。

    海の傍で「モアリズム」を聴く。

    • 2013.05.23 Thursday
    • 12:21
     浅い眠りのまま朝を迎えた。

    尿意が我慢できなくなり、それは寝る前の「白霧島」が誘発したものだとわかっているのに、夢のなかではそれはなにか事態の切迫に置き変わっており、
    逃げ出したいのにここで逃げたら全てが終わりやろアカンやろそれはお前人間としての尊厳を捨てることやろ、とかいう大命題に変わっており、、
    それで何とか持ちこたえての朝なんだけど、覚めて放尿したら、ションベンとともに大命題とやらはあとかたもなく流れていってしまった。
    とほほ。
    こんなことを夜な夜な、夜間頻尿の我が患者たちのじいちゃんたちは繰り返しているのだろうか?
    もしかしたら彼らが夢のなかで無意識下で力を合わせて、地球の危機を回避してくれているのかもしれないな。
    なんて思ったのかどうかテンション上がったのか、朝から野菜フレンチトーストをつくったりしている。

    とにかく、1つずつ塗りつぶしていくしかないのだということはわかっているのだ。

    希望にせよ絶望にせよ、可能性のか確認とか、すべてを含めて、自分の「意思」のもとで丁寧にマスを埋めてゆくしかないのだ。
    たとえ自分の手にあるスコップが唯一の道具で、課せられたのが自分が入る墓穴を掘る作業だとしても、
    そういうことの繰り返しによってしか自分自身の人生は送れないのだろう。
    でも、いっつも言うように、自分自身ってなんなんだろう?ってことなんだけど。
    築き上げてきた社会性もスキルも、50数年の生活も、いまの自分から切り離すことなんてできない。
    だから全てひっくるめての自分自身なんだから、それを抜かしての(どこか別のところにあるはずの)「ホントの自分」なんてちゃんちゃらおかしいのかもしれない。
    それでも、毎日、なにか見えないものに向かってあがくのが、それはなんのためなんだろうってあがくのが、無駄ではないような気もしている。

    明けない朝はない、暮れない夜はない。
    だから心配すんなっていっつも自分に言い聞かせながら。

    拷問で、やっぱり、自分の入る墓穴掘らせたあとでそれを埋め直すという作業を延々と繰り返す、というものがあった。
    それってかなりへこむよなあ。
    でも実は人生ってそんなことの繰り返しなのかもしれない。
    だけど、ちょっとでもずれたら、その先に何かが待っているのかもしれないじゃないか。
    たとえそれがおれの死だとしてもそれはそれで。
    2013/05/19「モアリズム」のライブを観に行った。

    自宅から9km近く離れた、ホントに海岸沿いの「ブエナビスタ」という店でライブは開かれる。
    二日酔いの重い腰を上げて、歩き始めたら霧のような雨で、傘をさす。
    2時間弱かけてたどりつく。

    高浜線の電車の線路の向こう、海岸の手前数メートルにほんとに店はある。
    店は海の家に多いをしたような感じの作りで、中にいると、波の音が心地よく、15分毎に遮断機の降りる警笛が鳴って、ガタンゴトンと電車が通りすぎてゆく。
    そんなロケーションで、2年ぶりの「モアリズム」を聴く。ドラムがないので、弾む曲が少なかったが、それはそれで心に染みこんでくる。
    オーディエンスはたったの8人。

    ライブのあと、新しくリリースされた「&BLUES」というアルバムを購入し、サインを頂き、しばしメンバーと話す。
    ホントか嘘か、音楽活動以外では、Voの中村さんは皿洗いやってるというし、今日はこの店でメンバーで寝るんですよ、と言われる。
    (ナカムラ日記ではクルマに寝たと書かれていた)
    キヨシローが自らをバンドマンと名乗っていたけど、彼らもまたまったきバンドマンで、全国津々浦々、音楽という名の「夢と希望」を携えてまわってるのだった。
    決して楽な旅ではないだろうに、「好きなコトやってね、僕らは、ハードですけど、いうならば好きな歌歌って演奏するだけですから、ありがたいことですよmね・・」と謙虚なMC。
    西川美和監督の音源はみんな担当しているというこの才能あふれる素晴らしいミュージシャンたちがもっと有名になるといい。
    でも、こうやって地元にやってきてくれることの素晴らしさ、またぜひ愛媛のこの店で会いたい!と贅沢なことを望んだりもしている。

    とにかく、生活の中からしかすべては生まれないってこと。


    *ナカムラ日記より『ブエナビスタ』
    コメント:3人のモアリズム、だけどモアリズム。

    PR

    calendar

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << May 2017 >>

    ブクログ

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recent trackback

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM