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  • 2014.04.04 Friday

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    アナザー・ストーリー・オブ・ダークナイト

    • 2012.09.22 Saturday
    • 14:04
    batmanrise1

      バット・モービルは壊れて再起動もしない。
    あとは勝手に自爆装置が作動するだろう。
    コンプレッションスーツも、ボロボロだ。
    生身の体を保護する機能はとっくに失われている。
    海水が傷ついた肌に沁みる。

    それでもなんとか戦いを終熄させなければならない。
    この都市で生まれ、この都市を憎み、この都市で愛する人に出会い、失い、この都市に裏切られ傷つけられた。
    それでも私はこの手で、この都市と、そこに住む人達を守らなければならないのだ。

    なぜおまえはおまえを裏切り蹂躙したモノたちを助けようとするのだ?」
    風が軋んで訊いてくる。
    「さあな、それがオレの性分だからかもな」
    そう私は答える。
    考えている暇などない。
    いつの日か、平穏無事で退屈な時間が訪れたら考えればいいことだ、そのたぐいの事どもは。

    薄闇の中にポツリと赤いシミほどの灯りを見出した時、私はすでに加速状態に入っていた。
    シミは瞬く間に拡がり、一条のビームとなって、さっきまで私がいた場所に向かって、確実に、触手のように伸びていた。
    私が加速度状態にあるため伸びているように見えるが、実際はゼロコンマでの出来事だ。
    一瞬遅ければ、もう黒焦げ死体の出来上がりってとこだったろう。

    重粒子線熱線銃(ブラスター)だ。
    しかし加速状態に入った私にとっては、そのビームですら鈍足のランナーだ。
    光の束の出どころを動きながら補足する。
    熱源は残留思念のように空間を漂っている。
    それは人の形をした熱エネルギーとして残っていた。

    しかし、私を抹消するために送り込まれた最終スナイパーが、まさか生身の人間だったとは。
    私も見くびられたものだ。
    それとも人間の死に物狂いのパワーは、マシンをも凌ぐと、バットマン・シンジケートは考えたのだろうか。馬鹿な。

    敵は数十メートル離れた路上に、ぽつんと佇んでいた。
    熱線銃をだらんと下げて、少し猫背のままで。
    ダークなコートの下は、もこもこの耐圧防弾ジャケットが装備されているのか
    、それとも極彩色のプラスチック爆弾が仕込まれているのか。
    それともこのおマヌケさんは、私を破壊したと信じきって放心しているのだろうか。

    加速を維持。

    私の背後が明るくなり、どうと音を立てて、元人間だったと思われる塊が倒れる音がする。
    背後を歩いていた褐色のサラリーマンが巻き添えを食ったのだ。心から申し訳ないと思う。
    救いは即死だということくらいか。
    何も考えられないまま炭化していったことだけが不幸中の幸いだ。
    明日の新聞に男の顔写真が少しだけ彩りを添える。
    それだけのことだ。
    それ以上でもそれ以下でもない。
    人間だった物質が焼ける匂いが拡がってゆく。
    その匂いだけ嗅げば、焼き鳥もBBQも大して変わらない。唾液の分泌が促進されるのはさすがに辟易ものだが。

    敵は動かない。
    もしプロだとしたらこれまでよく生き延びてこれたものだ。隙だらけだ。
    私を狙った組織の差し向けたヒットマンというのは考えすぎだったのだろうか。ジャンキーのただのイカレポンチの暴走行為にしかすぎなかったのか。
    いや、あのヒット・ポイントの正確さは素人にできるシロモノではない。

    加速を緩めた瞬間に、満身の力を込めて手刀を頸部に振り下ろす。
    彼にとっては目の前に突然何かが現れ、そして、といった感じだったろう。
    そのまま彼の頚骨は砕け散り、それと同時に頚椎は引き伸ばされ、ちぎれ、彼は絶命する。
    足元に静かに拡がってゆく血の海の中に横たわった男の体を、ブーツの先で裏返す。

    その瞬間、私の身体はフリーズする。
    表情を失ったその男の顔に見覚えがあったからだ。いや見覚えなんかではない。
    だが、馬鹿な、そんな馬鹿なことがあろうはずもない。
    喉まで、でかけた悲鳴を押し殺し、爆発しそうな感情をねじ伏せる。
    と同時に自分の中にもまだこんな荒馬のような心が残っていたことに、自分自身で驚きを感じる。

    男は、ほかならぬ わ・た・し だった。

    死ぬ間際にジョーカーの残した言葉がリフレインする。

    「お前さんは近い将来お前さん自身と戦うハメになるのさ、
    でも知ってるか、どっちがお前さんなのか、
    正しいと信じてるお前さんと、悪のヒーローのお前さんと、
    そして、どっちが残ろうと意味なんかありゃしねえのさ、
    たくさんの血が流れて、たくさんの建造物が崩れ落ちる、
    多くの涙が流れ、女たちの叫び声が街を埋めつくすだろう、
    それで最後にひとりだけ残ったお前さんはどっちのお前さんだろうな、それでもお前さんであることに変わりはねえ、ケケケッ・・」

    オレは、
    ここにいて、街を守ろうと戦っているオレは一体誰なんだ?

    そして周囲に邪悪なエネルギーが瞬時に充満するのを私は察知する

    莫迦な・・・

    空間がありえない形に歪み、その隙間からからありえない数のバットスーツの群れが吐き出されてくるのが見えた。
    その瞬間、ものすごい圧力がかかり、崩れ落ちたビルの側面に叩きつけられて、私の意識はホワイト・アウトした。

    「ダークナイトがくるぞぅ」誰かが叫ぶように囁いた。

    (おしまい)

    batmanrise2

    「ダークナイト・ライジング」(邦題・2012年)はノーラン監督のバットマン3部作の終章でした。
    上映時間も半端なく長く、超大作と呼ぶのにふさわしい作品でした。
    しかし、前作のジョーカーのような悪人を描ききれなかったのが少し残念ではありました。
    ヒトは、己の心のなかにも善と悪と、その他多くの仮面をまとっています。
    そしてそれらのどちらが絶対正しいのだと誰が判断できるのでしょうか?そして時代が今に近づけば近づくほど判断のしにくい世の中になっています。
    でも我々はやっぱり、その場で、より良き方向に向かって舵をとりつづけていくしかないのでしょう
    バットマンのコピーが悪の組織「ショッカー」のように量産され、たまたまそのひとりが本郷猛こと仮面ライダー1号みたいに正義に目覚めて、悪と戦うとしたら?
    でも、彼が正義で、ショッカーが悪だなんて誰がどうして言えるんでしょうかね?
    人造人間キカイダーには「良心回路」が組み込まれていたが、悪に向かわないための「良心回路」って一体なんなんでしょうね、
    ・・・と、キカイダーでも仮面ライダーでもないボクらはそこで途方に暮れるのでした。
    ほんとはみんな、Drギルの笛で操られたいんじゃないのかな。
    オリジナルで言えばゼペットじいさんの操り人形だった方がピノッキオは幸せじゃなかったんだろうかってことですけど。
    そんな風に世のやつらおもってんじゃないの、とか思うことすらあります。
    思考停止するほうが楽なことだっていくらでもありますもんね。
    繰り返しになるけどそれが悪いなんていう資格は誰にもないんでしょうしね。
    でも、きっとバットマンは、Cityを見捨てず、いつか自分がどんな種類の「ニンゲン」であったかを見つけ出して、戦ってくれることでしょう。
    だから、ボクらもこの自分たちの「ゴッサム・シティ」で生き続けて、戦い続けていかねばならないんですよ!
    Get up,Stand up,Stand up for your  right!ってやつかな。
    てなわけでこんなのを発作的に書きました。ご笑納を。

    She is napalm girl (from19727's war)

    • 2012.07.14 Saturday
    • 15:18
     「ナパーム弾の少女」は有名なベトナム戦争を伝える写真だ。
    朝日新聞にその記事が掲載されていた。
    その途端、頭の中にイメージが押し寄せてきた。

    napalm girl

    ここから創作ー

    背後から膨大な質量を持った熱波が押し寄せてきた。
    それは彼女の後頭部にぐゎんと絶大なダメージを与えて、彼女は一瞬気を失った。
    どのくらい気を失っていたのかわからないが、あいかわらずの熱と、怒轟に、彼女は顔を上げた。
    人々の声、轟音、泣き声、騒音、炎。
    安置された仏陀の像が熱で剥がれ落ち、顔が裂け、ちょうど瞳のあたりを瞬時にして立ち上がる水蒸気が、神の像を、まるで泣いている形相に変えた。
    だがそれも一瞬だ。
    祈る暇もなかった。
    炎が全てをを包み、彼女のアオザイも燃え始めた。
    「Napalm,napalm!」
    大きな声が叫んでいる。
    彼女はアオザイを脱ぎ捨て、裸足のまま寺院から飛び出した。
    涙を流しながら、神は死んだのだと確信した。
    裸のまま、両手を力なく差し出して歩いた。
    Armyが道路に銃を抱えて立っており、フラッシュが焚かれる。
    閃光に目がかすみ、足元がよろけると、誰かがコートを掛けてくれた。
    頭上の戦闘機の爆音。火の燃えさかる音。建物の崩れ落ちる音。私以外にも泣きながら走っている子供たちがいた。
    そして意識はそこで途切れた。

    1972.6.8.Vietnam.

    計17回の形成手術を受けた。
    19歳で新約聖書を手にした。
    異国の神は、「赦せ」と、私に告げた。
    Forgive you,forgive me.
    どろどろになってホントの自分はあの時燃え落ちてしまったのかもしれない、今残っているのは真っ黒に炭化した私の抜け殻なのかもしれない。
    そう思うと、他人も自分も、戦争も神も、全て、赦すことなんて出来はしなかった。
    ヒューマニティのもとに私の身体にメスを入れた超大国も。
    自分を助けてくれた男も。

    ヒトはヒトを殺すこともできます。
    ヒトはヒトを助けることもできます。
    そして、神はわたしを赦し、わたしは赦されて、皆さんを赦すことを学びました。

    そういって、彼女はアオザイの長い左袖をめくり、火傷の痕を見せてくれた。
    そして、
    奇妙に歪んだちっとも美しくない皮膚を、彼女はもう一方の手で、そっと、なにかを慈しむように、いつまでもいつまでも撫で続けた。

    *素晴らしいサイトを。
    「ハナママゴンの雑記帳」


    “The Long Road to Forgiveness” (2008 by napalm girl)

         Forgiveness made me free from hadred. I still have many scars on my body and severe pain most days
         but my heart is cleansed. Napalm is very powerful, but faith, forgiveness, and love are much more
         powerful. We would not have war at all if everyone could learn how to live with true love, hope, and
         forgiveness. If that little girl in the picture can do it, ask yourself: Can you?


    眠りの国からの招待状(『水晶の舟』に乗るために)(今一度の決意の前に・・ 2 )

    • 2012.05.09 Wednesday
    • 18:15
     白い霧の草原に、水道管が、土の中から一本だけぽつんと突き出している。
    きっちり閉めたはずの蛇口から水滴がこぼれている。
    一滴ずつ、一滴ずつ。ポタリポタリ。
    蛇口は霧の中にあり、はっきりとは見えない。音が聞こえるだけだ。
    ポタリポタリ。
    だけどそのしずくは、永劫とも思える時間をかければ、岩をも穿つこともできるかもしれない。

    それに比べてこのおれの一撃はどうだ。なんの効力も持ち得ないオレの一撃は。
    それがわかっていても拳を上げておれは岩を穿つことができるか。
    今までやってきたことが徒労だとわかってしまっても、それでも明日を信じるヒトカケラのために、また一撃を繰り出すことができるか。
    そんなことなんの役にもたたんのさ、お前さんの人生においても、実社会においても、全部が徒労だったんだよ。
    せいぜいお前さんにできることは尻尾巻いておふくろのおっぱいのあるところまで帰ることくらいさ。
    そう言われたあとでもお前は自分のヴィジョンを信じ続けられるか

    相変わらず眠りは訪れない。
    神経はいつもニューロンの一本一本からはみだして、ハリネズミみたいにささくれだったままだ。
    以前、不眠症の夜にはダチョウの夢をみたものだった。
    皮膚疾患に侵され、表面がボロボロになったダチョウが、掻痒のあまり、金網に身体をこすりつけて、血を流し、ますますボロボロになってく夢だ。
    ダチョウはクソを垂れ流し、爪から血を流しながら、まだ金網を引き裂こうとする。
    ボロボロのダチョウ、そんな夢だ。

    心の奥底に誰にも触れられない場所がある。
    そこは外から盗み見ることはできても、自分以外は入ることはできない。
    そこは、だが、純粋培養なんてものとは程遠い場所で、誰にも見せられない裸の自分自身がいるだけの場所だ。
    哀れでちっぽけな自分自身が、震えながら雨に濡れてるだけ、そんな場所だ。
    そんな場所でさえ、オレはその裸の自分自身と対峙することを避けて、ごまかしながらやってきたのかもしれない。
    自分も信じられなっくなったら一体いまさら誰を信じるんだろうな
    つけが回ったからって、サイレンも鳴りはしないよ。警報装置はとっくに壊れてるから。
    上等すぎて涙が出そうな話だ。

    そんな事言わずにさ、さあ君にも何かができるはずさ。
    その脚を上げて一歩を踏み出すんだ。一二、一二。
    Baby,one more try,baby,one more chance.
    疲れたら休んで、また歩き出せばいい。この砂漠のような世界の果てにだって必ずオアシスはある。
    だってあのキャラバンはそこからやってきたのだから。ほらあのサリーの美女を見てみろよ、イカす事この上ない。
    そう信じて出した足はもつれ、いつの間にかなんのために歩いていたかさえ忘れてしまう。
    力尽きて倒れて、今は盗賊の檻の中、足かせはめられて呻吟している。
    こいつ、寝たまま笑って足出してるぜ、なんて、お目出度すぎる話だ。

    とっくの昔にあんたの靴は擦り切れてる。
    すり切れた靴からボロボロに成った素足がのぞいてるぜ、それでもって古い流行歌を、壊れた蓄音機みたいに紡ぎ出して、なにやってんだろうね。いまさら。
    old time blues-チンケなガキだってそんな歌、歌いはしないさ。
    そして砂漠にはサソリがいる。毒を持ったサソリが。

    夜の海岸線を、あの子を乗せたクルマが走ってゆく。
    オレの視線はオレを飛び越えて、走っているクルマを空から見下ろしている。
    海岸線からすぐに切り立った山。もっと視点が上昇してゆくと、遠くの街の灯が視界を満たす。

    そう突然に光のシャワーが視界を満たし、オレの網膜は一瞬バーストする。

    しばらくして、バーストが収まったあと、こわごわと光を眺めてみる。
    恐れるには足ることなんてなかったのだ。
    あの街は静かに燃えているのだ。
    あの街を、この夜の時間に形作っているのは、死んだ人たちの発する燐光みたいなものなのだ。
    それらは、熱く熱することもなく、クールに燃えて、淡い光を放ち続けている。
    ネオンサインが消え、人々がすっかり眠りについたあとも。
    あのぼんやりした光こそが人間の本質なんだ。
    そして、でも、時が残酷なことには変わりない。
    時は、お前の顔も、オレの顔も壊してゆくのだから。

    必ずだ。

    夜が明ける時、おれたちは恐れるに足りぬ燐光にそれでも網膜を焼かれてしまった
    盲(めしい)になったままで、網膜の裏に焼き付いたあの時の残像を、それでも「現在(いま)」みたいに信じながら、おれたちはトリックプレイをかわしつづけてきた。
    近くにあってあまりにもそれは遠く、二人登りつめた一瞬の空気の中にだけそいつは存在したんだ。
    だからおれたちは何度も何度も求め合い、疲れ果て、罵り合って、眠って、また繰り返したんだ。
    エーテルみたいにすぐに蒸発しちまうそいつを、おれたちは永遠に自分たちの手元においておきたかったんだ。
    一瞬が続けば永遠になる、そう信じていた。

    でももうそんなゲームはおしまいだ。
    そうだよ、おれたちはあの街からやってきて、最後にはあの海へゆくはずだったんだよ。
    わかってたんだ、最初っから、何もかも。わかってたんだろ、あんたも。

    あの淡い光の中で、ギンギラギンの輪郭もなく、ただ淡い光になって、ぼんやり発光しているのは、
    それが、それがおれたちの本質なんだよ。
    そこではきみもおれもすべてが融け合ってそして一つであり全部なんだ。

    灰の中に、燃え残ったダイヤモンドがきらめいている。
    でも誰もそんなもの、拾いはしないよ。
    『それでもダイヤモンドは輝き続けるわ、そしてダイヤモンドは決して傷つかないのよ』って、昔そう言ったよね。

    youtubeできみが自分自身に語りかけてる映像を見たよ。
    カメラを目の前においてね、録画ボタンを押して、
    カメラの前の椅子に座ったきみが、自分のこととか、今自分が思ってることとかをとつとつとしゃべりはじめるあの映像だ。
    ほらまた黙った。言葉はそう簡単には出てきやしないよね。

    でもヒトのことをしゃべるきみより、自分のことを自分でしゃべるきみのほうが何百倍もいかしてる。
    自分のことを、自分の言葉で何万時間も話しつづけてたら、いつか本当の自分にたどり着くかもしれないよ。
    そしてその時きみは傷つかないダイヤモンドになる。
    どんな結果に終わろうと目を背けないで語り続けてゆくことの意味をそうやってきみは教えてくれたんだ。

    カメラに写った椅子の奥の窓は開かれ、きみの姿はもうない。
    カーテンが風にはためいている。
    きみは椅子をひいて部屋を辞したのか、それともあの窓を開け空に翔んだのか。
    でも、きみの不在を通じてきみの存在はわかる。
    そしてやっぱり街は静かに燃えているんだ。

    だから、やっぱり歩いて行こうと思うんだ。

    ここには相変わらず音のない雨が降っている。
    自分が生まれるよりずうっと前から多分この雨は降ってたんだ。
    音が聞こえないから今まで気づかずにいただけのことだったんだ。
    そしてこの乳白色の霧の向こうには何があるのかわからないけど、その先にあるはずの海の存在だけを感じて、オレは歩き出すだろう。

    あと少し、あとほんの少しで眠りが訪れる。
    ピュアな、混じり物なしの純粋なコークみたいなとびっきりの眠りがね。

    そこで水晶の舟にのりこもう、
    水晶の舟にのりこもう、そこで。

    一人なのかきみと一緒の二人なのか、大勢の友達と手をとりあってなのか、わからないけど。
    水晶の舟にのりこもう、そこで。

    水晶の舟again〜『水晶の舟』に乗るために〜(今一度の決意の前に 1)

    • 2012.05.09 Wednesday
    • 18:12
     昔、ドアーズに『水晶の舟』という、幻想的で象徴的な唄があった。

    きっと60年代のことだから、ドラッグのこととかを歌った歌なんだろうけど、ジム・モリソンの才能はそんなものを飛び越えて、世紀末の今も普遍性を持って鳴り響いている。
    『水晶の舟』は象徴だから、各人が勝手におのおので思い描く船を持っていても何ら問題はない
    僕らは、そんな永遠性を信じていたのだ。
    もしかしたらこんな世紀末の今だからこそ信じ続けているのかもしれない。
    だからあの頃の音楽は、今も、ブードゥのマジックのように、僕の裡で響き、何度も形やら姿を変え、再生され続けてるんだろう。
    そういえば、山川健一さんも『水晶の夜』という小説を書いていたが、こちらはどちらかというとクリスタル・ナハトの方の感じだったかな。

    今回、『水晶の舟』に再び乗るためにというテーマで、また戯言を書きつづっている。
    これを展開して、主人公が具体的に動いたりすると小説といえる形態になるのかもしれない。
    ただ、もう自分にはそんな時間もないし、才能もないことは重々承知している。
    だから、散文詩みたいな形のまま、ここに『放置プレー』にしておこう。

    diamond

    こいつを書きながらまたいろんなことを思い出した。
    アンジェワイダの『灰の中のダイヤモンド』とか、
    それと関係あるのかないのかわからないが、邦画『ダイヤモンドは傷つかない』とか。
    あの映画の田中美佐子は(デビュー作だった?)は実に良かった。
    あれも相手は山崎努じゃなかったけ?
    くたびれた中年男と少女の物語も、また普遍性を持ち得た・・・のかな、これも過去形になってしまう所が時代か。
    でも『スローなブギにしてくれ』の浅野温子は今でも輝き続けてるんだけど。

    だから、クルマごと海にダイブして死にきれなかった山崎努は、毛布をかぶって震えながら、『今度は猫いなかったよ・・』と語ったのは必然だったのだ。

    そして、かつて僕らがたむろした『バグダッド・カフェ』という三番町のBarのことも思い出した。

    そこはいわば砂漠の中に出現したまさに砂上の楼閣だったけど、やっぱりオアシスでもあった。
    ニール・ヤングや、再結成したイーグルスや、クラプトンや、ディランや、それこそ時にはドアーズとかの音楽を聴きながら、僕らはああでもないこうでもないとしゃべり続けた。
    あそこでうだうだ喋り続けたあの時間は、無駄だったのかもしれないけど実に有意義だった。
    でもそれも店の終焉と共にあっけなく終わった。
    それすらも、もう20年以上も前のことだ。

    マスターはある朝目覚めないまま静かに逝去し、あのテナントビルに自分が足を踏み入れることはもう二度とないだろう。
    街は動き、ヒトは流れる。
    そしてそれでも生者は明日の朝、また(生きていれば)目覚め、日常に没入してゆかねばならないのだから。

    6月になれば電子カルテがいよいよ稼働する。
    ORCA(日医レセプト)のサーバーも設置されて数カ月で、レセプトもこなされ、データは着々と蓄積されている。

    日々は河の流れのごとく、時に渦巻きながらも、続いていく。

    また春が逝くよ

    • 2012.04.17 Tuesday
    • 21:37
     また春が行く
    誰かを置いて、誰かを乗せて
    汽笛はなっているのに、ホームに人はいない。

    キミの姿を探してみたけれど、
    散ったサクラの花びらが
    いくつもの靴跡に踏みにじられてしまってるだけ。

    ああこんなにも、
    ああこんなにも、
    夜風はやさしく唄ってるのに

    ネットの海の中で出会って
    そして はぐれた。

    この土手の上を、
    この土手の上を、
    上を向いて歩いた。
    上を向いて歩こうと、キヨシローのフレーズで唄った。

    夜空の星を縫って急に、
    チカチカする電飾くっつけて、
    でっかい飛行機が飛び立って、空の階段をかけ登っていった。

    ぼくの歩いてるこの土手の上を、
    遥か彼方までまたいで、
    あんなでっかいシロモノが空に飛び上がって、瞬く間に点になって天になった。

    その中にキミもいたのかもしれない。

    なんでもないのかもしれないけど、不思議な光景だったよ。

    そしてあらためて、
    キミの姿を探してみたけれど、
    散ったサクラの花びらが
    いくつもの靴跡に踏みにじられてしまってるだけ。

    誰もいないホームに、
    散ったサクラの花びらが
    いくつもの靴跡に踏みにじられてしまってるだけ。

    また春が逝くよ
    誰かを置いて、誰かを乗せて

    春が逝く。


    李白の話の続き〜天に登ったT先生

    • 2012.03.24 Saturday
    • 13:10
    評価:
    コメント:読めば読むほどに味わい深い『小説』たち。

     A.

    昨日はM先生と飲んだ。
    飲みながら亡くなられたT先生の話をした。昔の話をたくさんした。
    話をするだけで救われることどもも世の中にはたくさんある。
    話してる途中、先日亡くなった別の患者さんに対するわだかまりが氷解するのを感じた。
    なぜだかわからない。
    手前勝手で申し訳ないが、ああ、あのおばあちゃんホントに亡くなっちゃったんだなあ、あっちの世界に行っちゃったんだなあ、と、実感できたのだ。
    否定していたわけではない。
    ただ『死』という事実を、事実だけでなく観念としても受容したのだ。
    その瞬間に。
    氷が溶けていって水になって、元のコップの中でわからなくなっても、氷はそこにあるといった感じで。
    わだかまりがなんだか溶けていったのだ。
    M先生、ありがとう。

    B.

    ヒトはバベルの塔を作り、新しい電波塔を作る。
    前者は神のいる天上に届けという意志が含まれてたんだろうけど、後者はどうなんだろう。

    李白の話を知っているだろうか?

    李白はご存知のように中国の詩人で、月と酒をこよなく愛した。

    船に遊び、独酌し、水上の月を天上の月と思い、月に手が届くんだと手を伸ばし、溺れて死んだという。

    夢をみたので書きだしてみた。

    C.

    さて、T先生の家の裏には果てしない物見台がある。

    先生は物見台だというが、それはしなる鉄塔で、タワーといってもいいどころじゃなく、完全なタワーだ。
    ところどころに、ロープウェイのゴンドラみたいなものが設置されている。その光景はあたかも鳥の巣のようだ。
    鉄塔は風にあわせてしなるのだが、そのしなりは半端ではない。
    強度の地震か台風のさなかにいるようだ。
    だから先生も、3段目のネスト(鳥の巣)にはめったに行かないんだよ、と、笑う。
    そこで月をみたり、寝袋にくるまって揺られてるとね、地球を感じるんだよ、とも。

    で、自分も一段目の20m地点に上がってみたが、ホント身の置きどころのないくらい狭い空間で、そこでグラグラ揺られていたら気分が悪くなって、すぐにリタイヤした。
    それに周り全部ガラス張りのところにいると、ホント空に座っているような気分なんだ。
    いや、それがとってもいい気持ちというよりは、鳥に生まれんでよかったなあというのが正直な感想だ。

    ちょっと強い風の日に、先生に誘われて、鉄塔に付属の狭い階段を、おそるおそる第2ネストまで登った。
    もうあたりはどっぷり暗く、染み渡るように晴れた青空にポッカリとオレンジの月が浮かんでいる。
    高度は50mだそうな。
    体感風速は半端ではない。ネストに入ってからもガラスの隙間から高調音が途切れることなく耳を刺し、そして揺れは激しい。
    とても、風流に月を眺めて、杯をかわして、吟じるような雰囲気ではないことだけは確かだ。

    じゃあ、オレはもう一つ上まで行ってくるから、ここで待っててよ。
    そう言って先生はザックを背負って、細い階段を上がり始める。
    自分はその後ろ姿を見送るだけだ。

    そして、また、風がごおと鳴り、その瞬間に先生は天に召し抱えられるようにふわりと浮いて、そのまま垂直に浮かんで、どこかに消えてしまったんだ。

    鉄塔は今もある。
    だけど、それに登る人はもういない。
    噂によると、手入れを放棄されたネストには本当に鳥が巣を設営してるとか。
    ただ、風の強い日には、鉄塔のしなりは半端ではなく、そのしなりと軋みの音の谷間に、T先生の歌声が天から降ってくるのだそうだ。

    火星サーカスの夜は更けて・・(あの日の妖怪人間たちに)

    • 2012.01.11 Wednesday
    • 19:00
      『オレ、怒っちゃうと、顔が縞々になっちゃうんだよ』
    カウンターの長いスツールで、横に座った私の膝に手を持ってこようとしながら、ベムくんはわざとらしく言った。

    また私を誰かと勘違いして口説こうとしてるんだ。
    思わず、横っ面をはたきながら、『へぇそうだっけね!』と唇の端を吊り上げてわかるように笑う。
    自慢のキュートな2本の犬歯がのぞく。
    まあわざとこのスマイルやってんだけどね。
    『だから肉食系、いや、ヴァンピーは嫌いなんだよ』
    そう言って、ちょっと正気に戻ったらしいベムくんは、すごすごと伸ばしかけた手を引っ込めた。

    その頬はしばらく紅潮していたが、潮でも引くみたいに一瞬にして消退して、そして今度は、複雑な紋様に変化し始めた。
    前頭部の皮膚が隆起しはじめて、頭蓋骨の一点だけ異様に盛り上がって、そこからエイリアンの卵が孵化するみたいに花が開く。
    花弁に当たる部分からツノが生えてきた。
    おーやばい。
    もうメタモルフォーゼ(変身)モードになるなんて、彼、だいぶ酔っ払っているんだろうな。
    まあここんところ残業続きだったし仕方ないか。
    自分を抑制できないんだ。
    あれあれ尻尾も生えてきたよ、よだれもたらしてるよ、手も三叉に割れてきたよ、皮膚もぬらぬらしてきたよ・・。

    ずっと昔、A・ベスターっていう人のSF小説に、怒りがピークになると虎みたいになるような男の話があった。
    その本が書かれた1950年代のあの頃を思い出していた。
    あの頃は、夜はきっちりと闇に包まれていたし、人間もモンスターに対する畏敬の念をいだいていてくれた。
    ドラキュラ伯爵だって花形バリバリだった。
    火星人なんてハリウッドでもキワモノ扱いの三下にしかすぎなかったんだからね!まったくもう。

    そんなキッとした思いで、私は、カウンターの中にいる火星人バーテンダーをにらみつけてやる。
    でも、なんと、彼は火星人の中でも誇り高い4本手の戦士部族、緑色人だ。
    何ものにも屈しないはずの部族がどんな経緯でここでバーテンダーなんてやってるというのだ?
    それでも彼は私に笑いかけてくれる。それもパーフェクトなスマイルで。
    そんなわけで私はちょっとめそめそ顔になったが、すぐに気をとり直して、彼に微笑んでみる。
    何事も外見からだ。
    外見が内面を規定することだって多々ある。うーん、われながらムツカシイコト言ってるね。

    「つぎは何になさいますか」
    「そうね、じゃあXYZをちょうだい」
    ご存知のようにこれで最後っていうカクテルだ。
    私は一体何を終わりにしたいのだろう?


    こんな夜はさすがの私も飲まないとやってられない。
    だからベムくんの気持ちもわからないわけではない。
    まったく今日の客は最低だった。いつでも人間ってやつは全てをぶち壊す。
    ベムくんは特に、「正義」をなさぬ人間を見るとほっとけないタイプだ。
    悪を正さないとすまないという遺伝要因というか性(サガ)というかそんなものを背負った「妖怪人間」だからなおさら厄介だ。
    だが、この世の中でいまさら「正義」なんてどこに売ってるっていうんだろう?
    私みたいに、代用血液でもダイエット可能な吸血鬼の生活のほうがよっぽどマシってもんだ。
    生血がなくっても宅配でなんとかしのいでゆくことだってできなくはないのだから。

    まったく、人間が死ななくなってから、ホントやりにくくなってしまいました。よ。
    さあ、明日も団体さんのご案内だ。このタックスフリーのヘヴンではなんでもありだ。
    そしてあたいらの生きてく場所はこんな所しか残っていない。
    『ベラ・・』
    遠いウインドウのマネキンを見てベムくんは呟くように繰り返す。
    化物に変化しかけた途端に保安員から鎮静剤ぶち込まれたっていうのに、「妖怪人間」ベムくんは、昏倒からもう酔っ払いモードまでには復帰している。
    だから酔って昔の女の名前を呼んでいるのは鎮静剤とアルコールの相互作用なんだろう。
    彼女がいなくなってからもう何十世紀も過ぎたのにね。
    可愛い男。
    「ドームの外での夜の散歩もいいかもしれませんわ、でも寒いのはね、ちょっと。
    だからわたくしはここから外を眺めてますわ」
    隣の席のナイト・ドレスのレディが誰かにそう告げている。
    緑色人のバーテンダーはグラスを磨いている。
    ベムくんがまたコトバにならない声でつぶやく。
    結局なんのかんの言って、隣のベムくんを傍観者みたいに眺めながら、私はため息ついてカクテル飲んでるだけなのだけど。

    どこへゆこうか。私もベムくんも緑色人の彼も。

    今日も火星サーカスの夜はそうやって更けてゆく。

    All along the watchtower・・

    • 2011.12.27 Tuesday
    • 17:06
    wildcat

    高い見張り塔のてっぺん、オレは見張りをしてる。
    オレの足元の床のところに、30cmスクェアくらいの穴が切り取られている。
    その穴はずっと地上まで続いており、各フロアでおんなじように切り取られている。

    でも見張り塔といっても、骨組みだけの塔なので、フロアとフロアの間は当然がらんどうの空間だ。
    その空間のフロアとフロアをつなぐのは粗末な木の梯子だけだ。
    見張りは尿意を感じると、そのてっぺんの穴から地上の小川まで、おしっこをするのだ。
    風とかでおしっこなんてぴゅるぴゅると飛ばされるはずなのに。
    そもそも小さなスクェアを、見張り塔から地上まで、おしっこが垂直に落ちるわけなんてない!
    でも、そういうルールなんだからしかたない。

    我慢できなくなったオレは、双眼鏡を置いて、危なかしくちんちんを引きずりだして、放尿を始める。
    ちんちんは縮こまったままだ。
    尿線が風に吹かれて、カーブを描く。
    そう、ここはかなりの風で、立っているのがやっと位なんだ。
    おしっこは真下のフロアで、既にスクェアから外れて、床にシミをつけている。
    こんな汚い見張り塔、誰もあがってきたくないよなあ。
    でも仕事だからなあ、仕方ないよなあ。
    それにしてもこりゃイカンよな、こんな排尿、反則だよな。

    とか言いながら、、バランス取るのも危ういのに、おしっこのために左右上下に身体ずらす。
    おお、いい調子いい調子、ああまたおしっこで床濡らしちゃったよ、ああ。
    あれれ、ああ。
    その瞬間、櫓からはみ出したオレはバランスを容易に失い、空中に放り出されたのだった。
    ああ、あああ。
    おしっこひりながらオレは真っ逆さまに落ちていく。

    All along the watchtower(見張り塔からずっと)、そうディランは歌った。
    でもディランって誰だ?勝手に頭の中に出てきた人物を思い描いてみる。
    浮かばない、知り合いか?有名人か?
    そして、見張り塔から彼方、こちらを目指してやってくるのは、奴らは一体全体誰だったんだ。

    津波の後、廃墟と瓦礫の並ぶこの街で、オレは毎日見張り塔に登ってたんだ。
    There must be some way out of here.
    たしかにここから抜け出す道があるはずだ。
    だが何のために、誰のために?
    風が耳元で唸り、野生の猫の唸り声がかすかにする。
    オレは落ちてゆく。

    All along the watchtower・・雨の日も風の日も、そう、オレは毎日見張り塔に登ったんだ。

    ララ・ハリスの肖像

    • 2011.11.28 Monday
    • 21:59
    lalaharis

     
    Quoted from: http://antichocolatofobica.tumblr.com/post/31863799

    © Copyright: see author in the original source of this image. [?]


    ララ・ハリスの肖像

    1.

    彼女は待ち合わせの場所に一人っきりでやってきた。

    タクシーで乗り付けるでもなく、いつの間にか僕の背後に立っていた。
    肩を叩くでもなく、かすかな香りがした時には既に彼女の声に包みこまれている。
    「さあ、行きましょう」
    振り返ると、もう彼女はきびすを返している。
    それと同時に、アップされた彼女の長い黒髪の先端が、虚空に半円を描くのが見えた。
    髪は、頭頂部で束ねられており、その部分を横断するように長いステンレスの串状のアクセサリが伸び、それから先はパイナップルの房みたいに拡がっている。
    黒いミンクのコートは太股のあたりまでスリットが入っており、そこから白い肌と膝上までのブーツがのぞく。
    ブーツはくすんだグリーンだ。もちろんヒールは高い。
    僕の身長は、176.5cmだが、彼女はその僕を少し上空から見下ろすようにしゃべる。
    そして、それは決して不快な気分ではない。

    2.

    彼女はバレエのプリマドンナだった。
    とある地方雑誌の取材で知り合った。
    僕はカメラマンの卵で、ひとまわり以上年上の女に金を出してもらいながら、撮影助手をしていた。
    モデルの汗を拭ったり、レフ版を構えたり、床を磨いたり、光量を測ったり、時には先生のしょうもない冗談に、シンバルを叩き続けるサルみたいにエンドレスで笑い続ける。
    そんな仕事だ。
    何度か、劇場の楽屋とか、講演会の懇親会で彼女の姿を見た。
    もちろんこちらは重い荷物を持って落ち着きなくあっちへ走りこっちで喚き、といった調子なので、ゆっくり声をかける暇もなく、それ以前に声をかけられる立場でもなかった。

    とあるモダンダンスの舞台稽古のラフ写真を任され、冷や汗ものでステージの隅から何千枚もシャッターを切り、
    デジタルとはいえその節操のなさに嫌気がさし、自動販売機の前でため息をついていたとき、やはり、かすかな香りとともに彼女の声が、既に気づいたときにはそこにあったのだった。

    「お久しぶりです。今度ちょっとした集いがあるの。ごく内輪のショーなんだけど、よろしかったらご一緒しませんか?
    「えっ」
    「そこのクラブのOBなのよ、わたし」
    そういって彼女は、完璧にはずれたキーで、有名なミュージカルのテーマソングを口ずさむ。
    「私ね、音痴でしょ。だからよそ様の前ではなるべくしゃべらない唄わないようにしてるの。
    でもあなたがステージ袖で悪戦苦闘してるの見てるとね、ああ私はこの人の前で自分の声を聞かせなくっちゃいけないんだって気分になるのよね、どうしてかしら」
    それはこちらが聞きたいことだった。

    3.

    とにかくそういうわけで、僕は、なけなしの一万円札を数枚、タンスの奥から取り出し、ポケットにねじ込み、その感触を味わいながらこうやって歩いている。

    何本か路地を曲がり、迷路のようなビルとビルの谷間を過ぎ、細いらせん階段をいったん地下2Fに下る。
    そこからエレベーターで25階に上った。
    エレベーターの扉が開くと既に劇場空間だ。
    暗幕が張られ、十数脚の細いパイプ製の折り畳み椅子がまあまあ等間隔で並べられている。
    もっとも、エレベーターの光から闇の部屋に放り出され、彼女に手を取られ、席について数分たって、闇に目が慣れてきて始めてそれがわかったのだが。
    さらにしばらく時間が経過すると、周囲にも座っている客が何組かいるのがわかった。
    ステージは観客席から数十センチの高さにあった。
    「ほら、あそこにいるのはこないだ離婚した人、あれはカンヌでグランプリを取った監督、それから・・」
    彼女は闇のせいか饒舌に周囲の解説を始めた。
    どうしてそんな有名人たちの中に僕がいるんだろう。どうして彼女は僕をここに連れてきたんだろう。
    ただの気まぐれなのか。それとも僕のことが気に入っているのか。いや、しかし。
    僕の思考はぐるぐる同じところを回り続ける。

    4.

    ショーは前触れもなく唐突に始まった。

    舞台にピンスポットが当てられると、ステージ上には分娩台のような物が置かれているのがわかった。
    そこに後ろ手を針金ののような物で結わえられて両足を軽くくくられた初老の男が素っ裸でいる。
    男は痩せている。
    呼吸が激しいせいだろう、あばらから外腹斜筋への陰影が、さざ波を思い起こさせる。
    多量の発汗をしているのは何らかのドーピングのせいなのかもしれない。
    男は目隠しされており、短く刈り込まれた髪は真っ白だ。陰毛にも白い物がちらほら混じっている。
    口にはゴルフボールに小孔をたくさん開けたような拘束具が咬まされており、そこから漏れる声は、ひーとかあーとかしか聞こえない。
    目はシルクの布で目隠しされている。
    男のペニスは細く長くしなやかだ。しなだれているが20センチ以上はありそうだ。

    鰐皮のブーツにボンテージの女はラバーマスクをしている。
    目と鼻のみがわかるが、その上からでも、女が醜いことだけはわかる。
    女王は、細く先端の分かれた鞭で男の鎖骨から乳首にかけて、左右交互に打ってゆく。
    鞭がプレイ用の物でないことは男の呻き声とみみず腫れの残る皮膚でわかる。
    男の胸から鞭で打たれたあとの血の斑点が浮かびだし、毛玉みたいに膨れ上がり、やがて脇を伝って、椅子の角から床に落ち、シミを作る。
    血のプールは少しずつ大きくなってゆく。

    能のように舞いながら、女は次の動作に入る。
    男の太股を打ち、足の裏を打つ。
    足の裏を打たれるのがもっとも疼痛は激しい、と、何かの雑誌に書いてあったのを思い出す。
    単なるSMショーではないようだ。

    舞台下手から、ブラック・タキシードの若い男が、うやうやしく黄金の盆に載せた電極を持ってくる。
    男の髪はぴっちりバックにセットされている。
    女王の前にひざまずき、盆を載せた両手を差し出す。
    女王は盆の上に置かれた、細い針を手に取る。わざとらしく三角に尖った舌で針を舐める。

    シルクの布で覆われ何も見えないはずの男の首が大きく揺れる。
    男は背もたれに後頭部を激しく打ち付け、ボールの横脇からよだれが垂れる。
    女王が魚の姿焼きに使うよりもっと細い針電極を男のアヌスの両サイド数センチの部位に深々と差し込んだのだ。電極の長さは30センチ以上ある。
    その皮膚から出た部分に鰐口のクリップをとめ、女は、フットスイッチを踊りながら踏む。
    電流が流れる。
    照明が落ち、舞台そのものが深海の底のような深いブルーと、白い泡の照明で満たされる。

    「今までで一番恥ずかしかったことは?」

    男の背後の壁に、100インチほどの映像が浮かび上がり、そこにそういったテロップが流れる。
    男の脳裏のイメージだろうか。
    さまざまな映像がフラッシュバックのように流れ始める。
    豚のペニス。犬の交尾。サルの細く長いペニス。鰐の甲羅から突き出たペニス。亀の産卵。亀の目の涙。砂の中の卵。砂漠の風紋。シロナガス鯨の潮吹き。海面から垂直に出た尾びれ。

    男の呻き声が高まり、女王はフットスイッチを踏み続ける。
    電流のボルテージが上がり、男の屹立したペニスから、精液がミルクのように飛び出す。
    屹立したペニスは獰猛な獣のように、天井に向かって精液を放出し続ける。
    静脈が何本も表面に浮かび出た巨大なペニスは血を流し苦悶を続ける男とは別物に見える。

    「誰が出していいといったの、ゲス野郎!」

    女王は、鰐皮のブーツの踵の突起で男の脇腹を蹴る。
    肋骨が砕ける不快な音がする。
    どこかにスピーカーが据え付けられているだろう。その音は増幅されてホール内を残響効果を持って駆けめぐる。
    ブーゲンビリアの花。珊瑚礁。雲一つない紺碧の空をジェット流を残しながら過ぎてゆく戦闘機。すごい速度で移動してゆく積乱雲。拡大されたヴァギナ。ひまわり畑が一斉に風にそよぐ。空を舞うタンポポの種子。地面では腐りかけたバナナの輪切りのアップに蟻がたかっている。
    男の首ががくんとのけぞり、精液がまた放出される。
    男の心拍数が増幅されてホールを埋め尽くし、そこに低い男の声がフェードインする。
    雨のように血が皮膚に細い筋をかき、台を伝って垂れてゆく。
    血のプールはじわじわと拡がってゆく。

    「胎児の夢。お前はここにはいない。」

    女のおっぱいは垂れ下がっている。
    干しぶどうのような乳首。しわくちゃのおっぱい。
    もう片方は醜くひきつれてえぐれている。乳癌で摘出を受けたのだ。
    ほらみてごらん。女の顔は見えない。
    女の真っ赤な口紅が笑う。肌はでこぼこで、うごめく唇に塗りたくられた口紅はところどころ剥げかかっている
    これがおっぱいだよ。さあ、あんたを産んだ女のこのえぐれた乳を吸いな。
    両手が男の顔を押さえ、えぐれたかつておっぱいのあった場所に押しつけられる。
    男の呻きが激しくなる。
    男の屹立したペニスがまたびくんと揺れて精液を放出する。
    女王は汗を拭い取るようにラバーマスクを取る。
    マスクを脱ぐ時、女の皮膚が一緒に剥けるような気がする。
    女の顔は予想通りだ。
    やはり醜い。
    顔を構成するのに必要な何かが欠けているのだ。
    束ねた髪を下ろし、首をリズミカルに振り、分娩台に近寄り、女は男の目隠しをとる。
    男の瞳孔は散大している。瞳孔は薄いブルーだ。

    声は流れつづけている。低い男の声だ。音楽が被さる。
    心拍・呻き・声・音楽・照明・映像・螺旋・息・汗・血のプール。
    全てが沸騰し、一瞬にして凍り付く。

    そうだ、この音は。60年代最後を飾りバスタブで一人で死んでいったロックスター、ジム・モリソンの詩の朗読をもとに作られた『アメリカン・プレーヤー』だ。
    呪文のようにモリソンの声が脳みそに浸透してゆき、映像が切り替わる。
    夜明けのハイウエイで、大勢のインディアンを乗せた幌付きのトラックが横転した。ハイウエイの傍らで仰向けになって死んでいる者、砂漠に腰掛けて額からの血をボロ切れでおさえている者、抱き合ってすすり泣いている者達。そして死んだインディアンの魂は空に放たれた。目覚めよ。砂漠を長い長い1マイル以上ある蛇が横断している。よく見るとそれは大いなる抜け殻だ。目を開けることができない。顔を覆え。砂嵐が吹き抜けるぞ。目を閉じろ。お前の中の蛇を見ろ。蛇は大きな口を開けた。舌は青白く燃えている。蛇の鱗が逆立つのを見たか。砂嵐が吹き抜けると薄い皮でできた抜け殻はぼろぼろになって大気中に蛾の鱗粉のように放たれる。蛇はどこにいった。インディアンはいない。蛇もいない。魂の行方は。目覚めよ。心拍数は上がり、女王は鞭を連打し続ける。レインボーの光。

    僕の意識がホワイトアウトする前に知覚したのは、後ろ手の針金を引きちぎり拘束具をはぎ取った男が、アヌスの電極を突き刺したまま、立ち上がり、女王に襲いかかってゆく光景だ。

    もはや男の瞳孔は散大していない。男は極めて冷製に襲いかかる。

    だがそこまでだ。

    全てが真っ白になり、僕の意識は消し飛ぶ。









    動悸が治まり、横を見ると彼女がはずしたトーンで唄っていた。

    エレベーターは地下に向けて進んでおり、僕は彼女の手を握って、佇んでいた。


    5.

    ワイングラスを持ち、僕らは向かい合っている。
    店内には洒落たクラシックが流れている。

    「あなたにはどんな映像が見えたんですか?
    あれは全部作られた映像だったんだろうか、それとも何かケミカル・ガスみたいなものに誘導された幻影だったんだろうか。それが知りたいんです。」

    その問いに彼女はこう答えた。

    「ただのSMショーよ。
    それ以上でもそれ以下でもない。
    ただ真実はその人の中でしか規定されないものでしかない。
    真実が一つしか必要のない人には真実は一つしかない、いくつも必要な人にはその数だけある。そんなものよ。
    それ以上でもそれ以下でもない。
    女王が髪を振り乱し、ブーツで男の脇腹を蹴り、鞭を交互に降ろしていたとき、あのアヌスに電極を深々と刺されて射精し続けた男の顔が私には父にみえた。
    父は退役軍人だった。
    3年前、全身の皮下組織が壊死を起こす蜂窩織炎という病気で、身体中から腐臭を撒き散らしながら、父は最期には敗血症で死んでいった。
    父は軍を辞めてすぐに商社の中国支社長で赴任したわ。
    そのため私とはほとんど一緒に暮らすことはなかった。
    長いバケーションで母と私の元へ帰ってくる時、べろべろに酔った時だけ、父は一人饒舌になった。
    そして必ず自分の仕事を戦争に例えて語っていたの。
    あの熱帯雨林で父は黄色人種を根絶やしにしようと誓ったそうなの
    おかしな話ね。
    あれだけ黄色人種を毛嫌いしていたのに、母と結婚し、中国で余生のほとんどを過ごしたわ。」

    6.

    戦争には段階があるんだ。それは男の仕事の過程によく似ている。

    はじめて実戦配備された時、最初はびびって腰が抜けて、匍匐前進するのがやっとだった。それが、銃声と火薬の匂いと、蒸し暑い大気の中で野営し、わけのわからない虫に咬まれたりしているうちに感覚が麻痺してくるんだ。時間の感覚がまず失われ、次に意識の指標になるものが剥ぎ取られてゆく。最初の3人までは覚えている。殺した奴らの顔の話だよ。4人目の頭がスイカが割れるみたいにぶっ飛び、俺の横の伍長の腕の断端がザクロみたいにちぎれて転がった時、私の頭の中で何かがはじけたんだ。意味もなくいらつき、銃器を手に取り、奇声を上げて空に向けてぶっ放す。脳みそに直接誰かが命令するんだ。頭に大きな籠を載せて歩く娘をつけて、親を殺し、村落を焼き、略奪と輪姦を繰り返せ、ってね。イエス、サー。そう復唱する以外にソルジャーにすることがあると思うか?

    そのうち私は特殊部隊に配属された。レンジャーになり、密命を帯びて、今度は特定の相手をターゲットにすることになった。頭はクールで冴えまくっていた。いかに自分に少ない負荷で相手を倒すか、それだけを考えていた。闇に乗じて相手の背後から忍び寄り、考える隙間もなく喉笛をアーミーナイフで掻く。声帯から空気の漏れる音がすると、掌に血が飛び出る前にもう一息力を入れるんだ。自分の力とスキルが試される世界。そのころは密林も私の庭のように思えた。

    そして、冷房のよくきいた部屋で、冷えたマティーニを傾けながら、作戦を練り、駒を動かし、ゲームを続ける。幸いなことに、私には頭の中では汗をびっしょりかきながら密林を匍匐前進するアーミーを思い描くことができた。これを才能というんだ。現場から離れたとたんにその感覚を失い、無謀な作戦を進める将校を何人も見てきた。そして才能のないヤツは戦争そのものを冒涜し、自滅する。でもそれは個人的には大切なことだが、戦争の本質からすればさほど大事な事じゃない。スイッチを切ればそこは冷えた部屋で、傍らには高級娼婦が佇んでいるんだ。その事実の方が重要事項だ。

    それが私の戦争体験だ。いずれにせよ愚かしいが美しい。それしかないから飽きることがないんだ。そうやって奇跡的な階段を上り続けて、私は戦場をあとにすることができた。ラッキーだったと思うよ。もちろん才能も助けになった。五体満足で戦争の全てを体験して、こうやって美しい東洋人の女性を妻にすることができ、お前のようにきれいな娘を得ることができたんだからね。

    実のところ、本当に楽しかったのはレンジャー時代だった。でも村落を焼き払えるような兵士たちが、もっとも好ましいし、また扱いやすい。彼らは戦争に取り憑かれているんだからね。そこから抜け出せないでそのまま狂っていくヤツらもたくさん見た。ほら、頭の悪いイタリア人の種馬みたいな男が主演した最低の映画があっただろう。あんな感じだ。ただし、彼らの誇りのために付け加えておくと、そいつらは決して弱かったのではない。戦争に取り憑かれそいつを振り払うことができなかっただけなんだ。それは張り付いて離れることはないんだ。腕に入れられた愛する女のイニシャルのタトゥーのようにね。

    7.

    そういって父は満足そうに笑った。

    細かい点では少しずつ異なったけど大筋はいつもそんな感じだった

    私は父を理解することができなかったけど、何気なくあの男を見ているうちに、了解することは可能かもしれない、と考えている自分に気づいていた。
    父が言いたかったのは例えばこのワインのシミみたいなものだと思う。
    彼女はそういって、片手をかざし、丁寧な手つきでグラスの赤い液体を絨毯に注いだ。
    ほら、こうやって絨毯はシミを吸い込んでゆくわ。
    手早くケアすれば、シミは目立たなくなるかもしれない。
    でもシミはシミ、決して消え去ることはない。
    あの男の顔にはそんなシミみたいな物が刻印されていた。
    それはいつの間にか刻み込まれており、それを個人で認識して拭う事は非常に困難なものなのかもしれない
    だってそうでしょ。本人が気づかないものをどうするっていうの?
    だからあの男に残されているのは、射精し続けて貧困なイメージを完全に吸い取られたあと、死ぬことでしかないのよ。

    そういって彼女は残ったグラスの液体を一気に飲み干し、席を立った。

    「ありがとう、今夜は楽しかったわ。でも明日も早くからリハーサルがあるので、これで失礼するわ。」

    8.

    それが彼女を見た最後だった。

    あの劇場を何度か探してみたが、二度と見つけることはできなかった。

    彼女の名前を何度か新聞とか雑誌の片隅に見かけた。
    でもいつの間にか、知らぬ間に彼女の名前は僕の世界からすっぽり抜け落ちて、誰に尋ねてもその具体的な消息はわからなかった。
    はじめっから彼女はそこにいなかったかのように、その存在は僕の中から抜け落ちた。
    彼女と実際会って話したのかどうかさえおぼろげになっていった。

    光学ファインダーで被写体を切り取る時、相手を殺しているような感覚に襲われる時がある。
    そんな時、僕は絨毯のシミと、あの時自分の描いたイマジネーションに関して考えてみる。
    ひとまわり以上年上の女はやがて僕の名を名乗り、僕の子供を産んだ。
    子どもの喉笛を誰かが裂き、子どもの声帯からは色とりどりのガスが撒き散らかされ、ガスの中にはいろんな種類の音符が浮かんでいる。
    しゃべることない僕の子どもは、音符を撒きながら息絶える。そんな夢の光景の中で僕は呆然と立ちつくす。僕はきっと愚かな一兵士にしかなれないのだろう。
    ただし取り憑かれてはいない。
    だってあの男の瞳は最後はクールだった。狂気と混乱の果てに死があったとしてもあのクールな瞳が手に入れられるのならそう捨てたもんでもない。
    でも果たして、それは救いなんだろうか?

    シミは少しずつ、確実に拡がっている。
    そこから目を背けることなど誰にもできはしないのだ。

    〈了〉

    【注】
    2011.11.28.

    『ララ・ハリスの肖像』はR・メイプルソープの撮った写真。モノクロ。メイプルソープはHIVで逝去した。

    someday I wrote,
    Scrap(Ruby Tuesday)から改題。
    吉田拓郎の復活ツアーのビデオを見ながら思った。「今は僕の人生の何章目くらいなんだろう」とか「いつか夜の雨が」とかを聴きながら、内容と関係ない抽象的なタイトルがいいな、と考え、壁をみるとメイプルソープのとった無機的なオブジェとしてのララ・ハリスがこちらを凝視していたのだ。
    この小片が何を言いたいのか皆目わからない、でも何となく分かるのだ。これはそういったたぐいの小説だ。うん。

    someday,

    confusionの中で目をこらせ耳をすましてみるがいい。ぼけていた映像がシャープな像を結ぶように、ビジョンは明確になっていくだろう。
    徒労の途上にいても、努力は怠ってはならない。歩いて、少しでも先を目指していくしか方法はないのだから。我々の道は後戻りなどできないのだ。
    たとえその先に死しか待っていなくても。たとえオレが愚かな一兵卒でしかないとしても。
    そうやって具体的な道を示していくことでしか、『抽象論』は超えられない。そして今我々に最も必要なのはそういった愚かしくっても前に進もうとする『意志』なのだ。
    病院の忘年会も終了した。アルコールで死滅する脳細胞とともに年を忘れる?
    笑止。
    塵のように積もったこの1年という時間の堆積物から、またまた、変われなかった自分を少しでも引っぺがしてみる虚しい努力をしてみる日だ。
    そしてその営みは日々刻々と続いている。否が応でも続けることしかない。


    坂の途中

    • 2011.08.15 Monday
    • 10:16
     ghost1

     川面を眺めながら理恵子と話をしている。 
     川はチャプチャプと波打ち、青白く痩せこけた三日川が映っている。
     
     僕はさっきまで美枝子の店で飲んでいた。
     焼酎を華奢なワイングラスに怜子が注いでくれて、それにレモン汁を三滴垂らして二人で乾杯したのだ。
     
     僕はお酒に酔っているのだろう。頭の芯のあたりがずきずきするような気がするのだけれど、そのくせ身体はかろやかに、今にも舞い上がりそうなのだ。
     羽でもはえたのかしらん、と思って肩の付け根におそるおそる手をやってみたけどなあんにもない。
     これは哀しい夢なのに違いない。
     僕はそう思い込むことにして、僕にこんなに哀しい思いをさせるのは誰だろうと考えた。
     だけど、僕の傍らで水の流れをじっとみている恵子の横顔が、月あかリに照らし出されてやけになまめかし〈見えたりするので、僕は急にうれし〈なった。
     
     顔を上げてみると、遠くに街の灯らしきものがぼんやりと見えている
     はてさて、ここはどこいらへんだったのかいなという段になると、僕の記憶はてんでだらしない。かといって苛立つわけでもなく、焦るわけでもない。
     なんだかまあこれでいいんだみたいにホッとした気持ちである。
     
     薫が呟くように「死のうと思いますの」と告げた。
     僕は、ああそうだったのか、うん、そうだったんだ、と、何かわかったような気分にとらわれたりもする。
     じわっと涙が両目の縁からこぼれ落ちたような気もする。僕は何がわかったのかまたくわからないのだけれども、ともかく自分が安心しているので、これでいいのだろうと無責任に感じている。
     不思議といえば、僕の傍らで僕を見ている女は刻一刻と変化している。理恵子、怜子、恵子、薫、史恵、由美、律子・・・・・。
     そして僕は彼女たちを全員知っている。
     心理学的に解説するとこういうのはどういうんだろうか。醒めればみんなどうせ大したことじゃあないのだろう。僕は全く呑気だ。

     橋の欄干に、スクラップ工場から二束三文で譲り受けてきた僕の古ぼけた自転車が立てかけてある。
     ペンキの剥げかかったところから赤茶色の錆がうっすらと浮かんでいる。
     頑丈で幅広な自転車の荷台に、ちょこんと男の子が腰かけて、脚をぶらぶらさせている。
     こんなに夜遅くに子供を一人で放っておくなんて、僕はそう思うのだが、今が本当に夜遅くなのかどうかは実はわからない。なんとなくそう思っただけだ。子供と目が合うとその子はにっこりと笑う。

     「坊や、そんなところに一人でどうしたの」
     「ううん、おじちゃん、僕、バス賃がないからお家に帰れないの」子供は無邪気に笑ってそういう。

     僕は背広の内ポケットから財布を取り出して、子供に投げてやる。
     ありがとうと男の子は告げ、自転車の荷台から飛び降りるとかけ出してゆく。
     子供のかけてゆく先に目をやると、いつからそこに停まっていたのか、古ぼけた乗合バスが停まっている。
     男の子のゲタの音がバスの中に吸い込まれてゆくとバスは音もなく出てゆく。あのバスは何処へゆくんだろうか。バスが遠ざかってゆく。
      
     明美は、きゅっきゅっとほおずきを鳴らしている。
     相変わらず水の上で月は揺れている。
     僕は無一文になってしまった。
     よく見ると、月は更に痩せ細っているみたいな気もする。
     なにか変な夜だ。そのくせ僕はずうっと昔から此処を知っていたみたいな気がするのだ。

     そうこうするうちに風が出てきたらしい。
     風といってもひんやりとこっそりとやってくるみたいなやつである。僕の頬がわずかに波打つようにひたひた揺れ、そして風はやんだ。
     と、麻衣子が、白いハイヒールを腰をかがめてそろえている。スカートの端からちょこんとのぞいている膝小僧の下の白いお皿を僕は想った。
     油布子は僕に軽く会釈すると、川面に落ちていった。
     僕は、欲しくても手に入らなかったものの数を数えながら、水面をのぞいてみる。水音はない。水面には、さらに痩せ細った月が映るのみである。
     女は微笑みながら落ちていったに違いない。

     さて、僕は何処へいったものだろうか。
     バスはもう来ないだろうし、女は一人で逝ってしまった。
     僕は一人ぼっちでここに残されてしまった。いいや、僕はいつも突き放す側にいたのかもしれない。
     記憶は忘却の彼方に剥落し、来し方も行く末もわからない。
     
     星一つない空を見上げ、腕を組み、考えつくこともなく、川の上流でゆらゆらと揺れては大きくなってゆく灯りを見ている。
     ゆらありゆらあり、ゆらゆらり。ふわありふわあり、ふわふあり。漂うように、流れるように。
     灯りは大きくなり、やがて、川面を渡る一隻の船と変わる。
     腰の曲がった白髪の老人が竹の竿で器用に小舟を操っている。うす汚れた白い着物には墨で何か小さい文字がびっしりと書きこまれている。
     船の上で灯明がゆらゆらり揺れ動く。灯りの動きが老人の顔の陰影を刻一刻と変えてゆく。
     
     老人はにこにこ笑って手招きしている。
     僕はその舟に乗ることにしようと思う。お金は一銭もないがどうにかなるだろう。
     河原の坂をかけ降りてゆく。
     途中で、赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


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