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  • 2014.04.04 Friday

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    風が吹いてきた

    • 2013.10.27 Sunday
    • 10:45
    イチローがすごい選手なのは誰もが知ってる話
    二十歳のイチローの言ったこと・・・
    毎日やるべき目標がある。目標をクリアするために練習する。
    目標のない練習に意味はない。

    高すぎる目標は『夢』でしかない。
    目標は頑張れば手が届くところに設定しなければ、達成できなくてマイナス思考になってしまい、挙句の果てに挫折になってしまう。
    毎日頑張れば達成できる目標を設定して、それが達成できたらプラス思考になれる。

    これはイチローが言ったことを、FBの友達さんがタイムラインに綴られていたその引用。
    運動音痴の自分ですが、さすが、イチロー、どんな世界にでも通用することを言わはるなーと。
    そしてこういった発想はできそうで、なかなかできないと思う。
    手の届く目標の果てには、彼の確固たる目標があってブレないからこそ言えることなんでしょう。

    また説教臭いこと書くとブーイング受けるけど、
    人生は毎日の積み重ねの上にしか成り立たない、今の自分を作ってきたのはほかならぬ自分なのだよということを肝に銘じておくと、腹立つことも納得できたり、逆に後悔できるかもしらんということだ。
    そして後悔したのなら、そこからコツコツ積み上げてくしかないでしょ?
    残り時間が若者より随分少なかったとしても。
     
    奇跡なんて起こらないし、魔法のような恋ももう訪れはしない(まあ訪れたらラッキーってことで♡)、
    笑っても泣いても、自分を否定しても肯定しても、自分を作ってきたのはこのほかならぬ自分だってことなんだよ。
    今までだって、これからだって。
     
    だから、一つ一つのラインを設定してそれをちょっとずつクリアして上のダンジョン攻略してくしかないんだよ。
    ずっとスライムと遊んでいたかったらそれもそれでありだけどね。
    おいらの目標は、世界征服ではないんですけど(笑)、自分が自分であるために、自分自身を突き詰めることでしょうか?
    自分の可能性みたいなものをまだまだ追求したいじゃないですか。
     
    こう書くとまた抽象に逃げやがってとか思うかもだけど、自分のことを言うと、人生半世紀の50年過ぎてからますます面白くなってきてるよ!
     
    「ざまあみろ、若くして命捨てたお前らにはわからん人生生きてるよ!生きてやるよ!お前が見たくなかった景色も見たけど、お前が見れなかった景色だって見れたよ!」
    命を断った友には、つよがりでそう言い切って見せてやるよ。
    それが生き残って、これからも生きていくものの努めだからね。
    命断ってなくたって死んだように人生送ってる奴もいる。
    もうそんな奴に言うことなんてホントはないんだよ(言ってるけどね)。
     
    生きていく事自体がちょっとでも上のダンジョンに行くことなんだと、
    そしてそのための努力は死ぬまで意識化・無意識下においても必然として続くんだってこと、
    そしてそれを受け取るのはほかならぬ自分自身だってこと。
     
    風が吹いてきた
    誰かに伝えたい
    まだ生きているいると・・ by花田裕之
     

    カラスの葬列

    • 2013.10.18 Friday
    • 19:05
     saxの発表会も終わってなんだか放心状態のような気もするし、
    あいかわらずチューチュー走り回ってる気もするし(子年です)、定まらぬ男である。
     
    それにしても久々に歩いたりしたのだよ。
    秋の空、風に吹かれて。
     
    例の"Watermelon Man"の入ったハービー・ハンコック先生の「Takin Off」(1962)聴きながら。
     
    結局、梅雨の時期には着ることのなかった、ノースフェイスのウインドブレーカーをはじめて着たんだよ。
    それでもちょっと歩いたらやっぱり汗ばんできたのは、まだ夏の気配がちょっと残ってるせいなんだろう。
     
    秋の空はなんだか少し成層圏に近づいたような気配の色持ちで、セスナが1機、ぶううんと北の方に飛んでいった。
     
    畑で草を抜く頬かむりのおばちゃん、
    耕運機を操る老人、
    焼かれた田んぼにはカラスたちが集まり、まるで誰かを弔って葬列をなしているようにも見える。
     
    どっかの軒先には、柿が実をつけてた。
     
    歩行距離6.29km。
     
    切り干し大根のナポリタンと、ホタテとにんじんの炊き込みピラフと、ミニキュウリの塩麹和えを作って食す。
    なんかヘルシーだな。
    でも、結局、寝る前のいつものconfusionの中で、角のロックを飲んでしまったけど。
     
    blogのほうは画像は500kbまでup可能だそうだ。それ以上だと勝手に縮小されると書かれている。
    それで、Flickerにupしたものから、例によってHTML作って貼り付けてみる。
    まあ実験だ。写真とかの整理ってそれにしてもみんなどうしてるんだろうな?
     
    IMG_3307 IMG_3310 IMG_3311 IMG_3314

    きみのためのバラを

    • 2013.10.08 Tuesday
    • 15:07
    20130926.jpg ふと池澤夏樹さんの小説を読み返したくなって。

    「きみのためのバラ」という短篇集だ。

    村上龍の「空港にて」という何故か心に絡みついてはなれない小品集があって、
    その短篇集は、心に棘を指してそこからは実は血が流れたまんまなのに気づいているのにわざと気づかないふりをしている僕達・・というようなたぐいのものもあるが、池澤さんのそれらは、最後はいつも優しい。
    世界のあちこちの場所で、いろんな邂逅があって、それは一瞬で永遠ではないんだけど、ね、実はその一瞬っていうのがね、というようなお話たちで構成されている。
    世界のあちこち、バリや、ギリシャや、パリや、沖縄や、東京や、世界の各地で実際に暮らして小説を書いてきた池澤さんのバックボーンから自然発生的に湧いてきた部分も多々あると思う。
    (そういうふうに作家が見せているところが、またプロフェッショナルの技なんですけど!)

    この四国から動けない自分、
    有床診療所を構えているので出張とかが多いわけでもなく(学会だって遠方に行くのは年に1-2回だ)、
    そしてそんな「動けないでいる」人が実際は多いんだけど、ヒトは、旅に時として憧れる生き物なのである。
    他人がいつもまばゆく見えるとでも申しましょうか・・

    池澤さんの小品は、世界の片隅でのさりげない瞬間をオーバーな抑揚を付けずに描き、それが十二分にドラマたりえているので、
    初回読んだ時はぼーっとしてると「ふ〜ん」で終わるのだが、何度も噛み締めていると、
    ああそうなんだよなあ、人生というのは実はそういった瞬間からしか構成されてないのかもしれないよなー、
    その瞬間を重ねて自分のものにしていくしかないんだよなあ・・とか思わされるのであった。

    自分は先日東京への一泊に泊のたびに出かけたばかりだ。
    そうやって、短い旅ではあるものの、飛行機に乗って長距離をちょっと移動しただけの身には、あの羽田空港の通路を荷物を転がして歩いたあの場の空気とともに
    今、池澤さんのこの小説を読んでいると、なんていうのかな、その空気の裏に横たわってる何かが立ち上ってきたりするのだった

    そういったひとつひとつの触感というものを、大切に育んで生きてゆかねばならない歳になってきたということも加味されているし。

    さて、9月26日の話だ。

    その日も忙しく、
    仕事を終えて、なんとか組み立てたメニューの食材を買い求め、ケーキもなんとか調達し、夕方の18時からようやく調理を開始した。
    しかし、いかんせん時間切れで、前半部分を作って、食べてもらってから、後半のメインの揚げ物類は作ることになった。
    その間に余興でsax。吹いたのはもちろん「Happy Birthday」!

    menuは

    ・レタスのミモザサラダ
    (うまい事漉せなかったので、ミモザみたいに綺麗にならんかったけど、手でじっくり和えたサラダは格別だとわかります)

    ・ペペロンチーノ・そばゲッティ
    日本そば・みょうが・豚ミンチ・ひじき・にんじん・にんにく・唐辛子・香菜

    ・揚げピータンのねぎソース

    ・柚子胡椒のポテサラ
    (今回はにんじんと卵ときゅうりとベーコンチップが入ってます)

    ・2 minutes 牛カツwith生わさび

    (1分ずつで肉をひっくり返して揚げるので、中がまだ赤い感じが残るわけです。
    2分以上は中まで火が通り過ぎてしまうのでご法度!なるほどなるほど!
    肉の種類は、霜降りサーロインみたいなものより、脂の少ないももとかの方がいいとか。
    こってりステーキより、むしろ歳とってくるとこの味わいのほうがいいかも・・生わさびと生しょうゆでいただきます)

    ・ソルシェのcake(エミフルの1Fでラウンドケーキを見つけて買った、生クリームとフルーツたっぷりのケーキ。)

    & some wine

    見も知らぬ誰かと出会い、一緒に暮らす。
    家族という形態ができ、月日は流れる。家族はできるものではなく、確かに作っていくものだろう。そんな簡単なことになかなか気づけずに何十年も過ぎた。
    懺悔も後悔ももちろんある。でもそれ以上のものだってある。
    自分にできることなんてほんのちっぽけなことだ。でもなんて言うんだろう、忘れ得ぬ一瞬もいつの間にか色あせてしまうことはわかっている、だけど、積み上げていくことは、積み上げていこうとする意思はやっぱり忘れたらいけないことなんだろうと思う。思うだけではいけませんなんだけど。ははは。きみのためのバラを。

    コメント:読めば読むほど深まる秋のメランコリーにピッタリかも。

    東京の午後

    • 2013.10.01 Tuesday
    • 14:39
    tokyo20130929 
    11:36ミケランジェロ展を見終える。

    併設でル・コルビジェの美術展をやっていたのもラッキーだった。この国立西洋美術館の設計をしたのも氏だという。
    でも実際のところコルビジェさんの絵画はinspire度あんまり高くなしでした。
    その前に、まあミケランジェロだけでもう疲れたというのもあるけれど。
    ミュージアムショップを眺めて、庭に出て写真を撮って、トイレ行って、それでもうやることはない。

    しかしそれにしても相棒は出てこない。
    彼女の美術探訪はいつも繊細かつ緻密だ。そのため自分からすると果てしない時間を要する。
    すべての人に自分と同じ時間を求めることなどできないことを、こんな瞬間に再認識させられる。あー。
    芸術で言うと、頭のなかでは、一年前くらいから始まった「西行法師」やら「伊藤若冲」がうごめいており、「シャガール」の蒼はいつも心のなかにあり、もうそれだけで全てが溢れそうなのである。
    それらに新しいものを加えて盛るだけの器をどうやら自分は持ち合わせてないのかもしれないな。

    しかし、例のシスティーナ礼拝堂の天井画・壁画には打ちのめされた。
    15世紀にすでにあの様なものが完成していたのだ。レオナルド・ダ・ヴィンチも同時代の人だ。
    徳島の大塚美術館には、陶板画での実物大のレプリカがあるらしい。フィレンチェにはいけないけど、そこには行ってみたいと思う。
    宗教的バックボーンを差し引いてもさぞや荘厳だろうな。
    で、自分のクソみたいな絵を思うに、・・・(絶句)・・・・苦笑いが止まらないわけですが。
    (較べるなよって、はいその通りです・・が・・それでもね・・うー・・あー・・・)

    89歳で死ぬまでほとんど芸術に携わり続けたミケランジェロ。
    晩年作「キリストの磔刑」という小さな木彫の作品も展示されていた。
    死を目前にした芸術家の裡なる声が聞こえてきそうな小品だった。
    木から掘り起こされたとしか形容できない顔のないキリストは、それくらい痛々しくも神々しかったのだったよ。

    それにしても東京の人は店に入るのによくあれだけ並ぶね‼どこもここも行列だらけ。

    彼女と落ち合って、恵比寿に向かうのだが、彼女は今度は日本画。
    山種美術館まではとりあえずいっしょに行って、自分は散策も兼ねて、渋谷のバタゴニア(アウトドアショップ)にとりあえず引き返しました。
    そこで、ずっといじり倒してキャリー付きのバックパック購入。

    それから分け入った渋谷駅前辺りは人だらけで、おのぼりさんの自分にはとってもヘビーだったけど、愛媛で補修した岡本太郎先生の「明日への神話」もなんとか発見しましたよ。

    「ハチ公前」で必死で着物姿の彼女と合流して、
    たまたまそんなに混んでなかってちょっとだけ並んだ(席はカウンターだけで9席くらい)「牛かつ・もと村」さんで、
    レアなかつをわさび醤油でいただいて飲んだ角ハイボールのうまいのなんのって‼

    そんな東京ももうバテバテで浜松町からモノレールは滑りだしたわけですけどね。

    tokyo20130929-3

    such a wonderful morning

    • 2013.09.29 Sunday
    • 07:43


    おはようございます。

    ホテルメトロポリタンエドモント(飯田橋)、東京の朝です。
    昨日の飛行機で、ヘミングウェイの「日はまた昇る」の新訳を、やっと読み始めました。大学生の頃からなので30年ぶりくらいですか。
    主人公のジェイクは戦争で男性性器を失っています。ヘミングウェイの世代をロストジェネレーションと呼びましたけど、我々だってとっくに失われた世代なんだと思います。
    もうしばらくしたら、ミケランジェロ展に出かけます。
    昨日は、東京に来たら生きているうちに一度は行ってみたいと思っていた、林シェフの店に行くことも、あっさりかないましたので、なんだか腑抜け状態ですけど。

    モバイルでアップするのはいつぞやの羽田空港以来のような気がするなあ。

    とりあえずアップしてみます。

    PAINT IT!

    • 2013.09.26 Thursday
    • 07:33
    IMG_0046

    書けば書くほど輪郭はぼやけていく。

    細部を描こうとしているうちに描こうとしているものの輪郭がぼやけてゆく。
    虚空の中につかもうとしたものはもうそこにはない。

    例えば少女の笑みはたやすく老婆のミイラに変じ、触れば一握の砂のごとく溶けてゆく。
    運慶は、樹の塊の中から仁王像をレスキューした。
    ミケランジェロは大理石の塊からダビデを解き放った。

    酔っ払って描くおれの絵とおれの書く文章は相似なのか。

    何度もトレースしなおし、目の前でグラス片手に笑ってる彼女の顔は、ほら放射能でメルトダウンだ。
    顔無しがここにもそこにも。
    そりゃあ、消しゴムも使わないし、ただのボールペン画だし、言い訳なんぞなんぼでもできる。
    それ以前に誰も注目してないし。
    そこに映っているのはおれの心象風景?

    でも神様は見捨てるわけでもなく、たまに奇跡をくれることだってある。
    だから、こうやって性懲りもなく描き続けている。

    でもたとえば宮崎駿は確信犯だ。
    だから誰がなんと言おうと「風立ちぬ」はロジックを超えて確信に満ちた作品となった。
    それは素人のおれが、彼のライティングをを見ててもわかることだ。
    クラリスもナウシカもポルコ・ロッソも堀越二郎もきっちりと生きている。
    今も、そして、これからも、きっと生き続けていく。

    だとしたらおれにかけているのはただの「確信犯的信念」だろうか。

    線は定まらず、ためらいはまた輪郭をますますぼやけさせてゆく。

    言葉にすればするほど思いは急速に醒めてゆく。
    熱はどこかの亜空間に吸収され、冷えた身体だけが残る。
    キミが好きだよといったハシから醒めてくように。

    こんなことだったのか?
    こんなもんなのか?
    ここまでなのか?

    酒によって酩酊した頭で見ていると、急に、霞の向こうの晴れ渡った空に全てが開けることがあるんだ。
    錯覚か蜃気楼か、妄想か現実か、夢か現(うつつ)か。
    もう一杯の黄金杯を求めて、あまたの人間が目の前の崖を奈落に向かって滑落していった。

    それでも、奴もおれも、性懲りもなく「もう一杯」というだろう。

    枯渇とか老いに怯えつつ、生きて、生きて、息をして。

    write on 2013.9.25

    「プテチゲ」とSee The Sky About To Rain(Neil Young)

    • 2013.09.23 Monday
    • 15:30

     しんどさのさなか、韓国粉唐辛子をたっぷり最後に散らした「プテチゲ」を作って食べた。

    汗が次から次へと吹き出して、テーブルにぽたぽた落ちた。
    4回洟水をかんだ。
    その時は、身体中のなんだか悪しきものが放出されたような気がしたのだが、唐辛子の熱が冷めると、やはり体はうすらぼんやりしただまだった。
    この体の居心地の悪さはナニモノにも変えがたかった。
    寒いのか暑いのかわからず、とにかく体をぐしゃぐしゃにしながら、ベッドに横たわった。

    浮遊感の中でNeil Yougを聴いた。

    see the sky about to rain
    see the sky about to rain

    雨が振りそうなどんよりと低く垂れこめた空。
    寂れたビーチには、派手なパラソルがなぜか残されている。
    もう夏も終わったというのに。
    もう夏も終わったというのに。
    この海で一夏の恋も生まれた。この海で今年も何人か死んだ。

    Who can tell your story?
    Who can tell your story?
    Who can tell your story?

    「シャイニング」で狂いかけた作家のジャック・ニコルソンが、変な文章を延々とタイピングする、あのシーンのように、ニールの声が夢のなかで反復される。
    CDは終わったはずなのに夢の中にその声は侵入し、それを夢だと思いながら抗えないでいた。
    なにかしなければいけないことがあったようなのに、そしてそのことをホントはよく知っているはずなのに、身体は重く動かず、意識だけがうつろにカラまわりする。
    どこにもたどりつけない。
    そのジャック・ニコルソンも現実世界では記憶障害となり役者をリタイヤしたというではないか。
    いや、ジャックは、あのホテルの亡霊共に導かれて、魂はホントはあっちの世界にいるので、リアル・ワールドではもう抜け殻なのだ、と、そんな風にも思って納得する。

    うんうん。

    翌朝、目が覚めたら随分と身体が軽くなっていた。

    そんなわけで、毎度で申し訳ないが、自分の物語は自分で紡ぐために、また目を覚まそうと思うんだよ。

    Shining again

    全てを風邪のせいにしてはいるのだけれど・・。

    • 2013.09.21 Saturday
    • 14:14
     元気が無かったり、心にゆとりがないと、こうやって文章も書けない。

    ほんとにしんどい時は、貝のようにすべてを閉ざして膝をかかえて目を開けないでいる。
    だからブログ書いたり、SNSに書き込みできるってことは、少なくとも打ちのめされていたとしても「何畜生め」という気概のあるときなんだと思う。
    もちろん平和な日常が波風なく続いたりしてる時が一番いいんだろうけど。
    松本零士先生「男おいどん」世代なので、お前ら今に見ちょれよーと膝を抱えてただただ眠るのが性に合ってるんで、どうしてもナニクソのほうが勝ってしまいます^^;
    そして、これまたホントに高揚してる時は、言葉はその時はついてこないので、その高揚してる瞬間の記録はすっぽり抜け落ちたりすることもある
    だから、自分の書いた文章を読み返していると、実際の自分とはまたちょっと違った自分がいたりして、面白かったりするのだ。

    そういうわけで、やっと外来が終わりました。
    実はまだ弱ってます。
    そんな状態なのに、昨夜は、ずっと懇意にしてきた方の結婚お祝い件送別会という特別の夜で、ふらふらしながら出かけたのでした。

    おめでとう!と乾杯して、
    ウイリアム王子の結婚式で供されたシャンペン(ポル・ロジェ)を手渡したんですよ。
    ね、なんかいいでしょ。
    「シャンペンはうたかたの泡、結婚もねー、うたかたの泡みたいなもんだからねー、その泡が消えてから先がホントの人生だからねー」
    とか、酔ってもないのにへろへろのトーンで(ホント頭が微熱のせいでボーっとするのだよ)言ってはみたものの・・その話には食いつきはなく、
    彼女は今後の生活とか、家電の話とか、料理の話とか、語ることは当然未来のことであり!

    まったく大きなお世話さんでした。わははは。しょうがねえなあ、おっさんは。

    彼女はまあそんなに若いわけでもないので、話は結婚だけではなく、いつものよもやま話に変わっていったのだけど、
    それにしても、若い人から見ると、人生は長く、目の前に横たわっている砂漠の向こうに、夢の国があるのか、オアシスがあるのか、はたまた蜃気楼だけなのか、それだけでワクワクなんだろ〜な〜と疲れたおっさんはウンウンと頷いて焼酎をあおるのでした。全てを風邪のせいにしてはいるのだけれど・・。
    年月が過ぎて、50歳を超えて、気がつくと此処にいた・・という表現は、ある程度年配の方なら納得いただけるだろうけど、
    それでも、あの時こっちに曲がっていればよかったなあ、とか、あの時あいつに邪魔されなければなあとか、してもしきれぬ後悔なんざいくらでもある。
    でも、過ぎてみるとそれは大半は自分に帰属するものなのだろう。
    それは誰のせいでもない。
    どんなに他人のせいにしかならないようなくやしいできごとだって、最後は自分で引き受けないと「自分の人生」にならないのだろうと、今は思う。

    ところで自分も早速iOS7にupdateしてみましたよ。

    このiPhoneのお祭り騒ぎを観てると、でも、もうこれ以上のものなんてそうそう必要なんだろうか?とさえ思ってしまう。
    いや、負け惜しみではなく。
    もうこれくらいのスペックで十分でしょ。
    ちなみに自分は4sという2世代前の機種である。
    だから待ちに待ったdocomoからのiPhoneではあるが今のところは静観している。
    昨日飲んでて映しだされたTVスクリーンで、発売日まで10日間並んだあんちゃんのインタビューがあったけど、彼は全部有給消化だそうだ!
    来年以降も、appleがなくならない限り毎年リリースされ続けるであろう工業製品であるiPhoneにそれだけの情熱をかけることになんの意味があるんだろう。
    ヒトにはヒトの人生があるんだろうけど、なんかやっぱり薄ら寒いんだ、その光景は。

    薄ら寒い光景を、そして誰かさんのせいにしていては始まらない。
    じゃあどうしたらいいのという考えが浮かぶわけでもなく、全てを風邪のせいにしてはいるのだけれど・・。

    そんな夏だ。

    • 2013.08.14 Wednesday
    • 17:11
     シャントは詰まる。外来患者さんは休みだというのに呑気にやってくる。
    外の空気は熱気とともにあけたドアから押し寄せる。
    学会のスライドの手直しをしているともう夕方だ。

    ジョン・レノンの歌に「I'm losing you」という切実な歌があった。
    その歌を聴いていると、撃たれたレノンが血まみれになりながらこちらに向いて、っていうか、Yokoに向かって手を差し伸べながらなにか言おうとする映像がいつも脳裏をよぎるのだった。
    それはもうあらかじめ頭にインプットされたみたいにこの何十年もあらわれる。
    もう条件反射みたいなものなんだろう。
    その曲を初めて聴いたあのレコード屋の空気を今でも思い出すことができる。
    そんな風に、いろんなことに自分で「枠」をはめていってそこから出られないのはいいことでもあり悪いことでもある。
    でもそんなふうにしか自分は歳をとっていけないのだと思う。

    誰かを失うってことはどういうことなんだろう。
    でも誰かを失うって言えるっていうことは、その誰かさんとの関係性が、とっても重要だったってことなんじゃないのだろうか、逆説的に言うと。
    だったらその関係性を追求するほうがむしろ重要なんじゃないのか。
    まあホント屁理屈なのかもしれないけれど。

    実際のところは、誰かや何かを失い続けてゆくのが世の中ってもので年老いてゆくってことなのかもしれない。
    でも、心の中にまかれた種はいつの間にか花を咲かせて、もうちょっとやそっとじゃ枯れない存在になっていることだってあるんじゃないのかい。
    むしろそっちの方を「善し」としてもいいんじゃないのかな。
    それを大切に出来ないのなら失うことだって止む負えないことなんじゃないのかな、ミスター。

    And stop the bleeding now 
    Stop the bleeding now ・・

    ジョンの声がリノリウムの床に響く。
    ここは手術室でもなんでもないんだよ、ジョン、だから血を止める方法なんてありはしない。
    血が止まらないんだ、おれの心臓からこぼれ落ちるこの血を誰か止めてくれよ、きみを失いかけている、きみを失いかけている・・
    でもね、心配しなくっていいよ、なんにも心配しなくっていいんだよ、
    失う前にバンソコウを貼ってあげるよ、あなたの心に、あなたの破れかけた心にそっとバンソコウを貼ってあげるわ・・
    誰かのハスキーボイスが闇の中に聞こえた。

    昨日クルマの中で聴いたCDから、チャボがキヨシローに語りかけていた。
    チャボは気合いで歌うぜ、気合で歌うから聴いてくれって、RCサクセションの、キヨシローの、「スローバラード」をギター一本で歌い始めたんだ。
    ぼくら夢を見たんだ、とても良く似た夢を・・っていう、あの歌をね。

    そんな夏だ。

    5年ぶりの同窓会に帰る

    • 2013.08.13 Tuesday
    • 06:46
     この週末は、高校と中学校の同窓会でした。

    以前も書いたかもしれないのですが、自分は岡山で高校時代までを過ごしました。
    この狭い街で埋もれたくないなどと不遜にも思い、それでいて何ら努力もしておらず、ただただ自分という人間を過信していだだけの大馬鹿野郎で、
    それなりに世間とかに思い知らされたりもして、それでも親のすねをかじって、2年間浪人して、愛媛大学の医学部に入学しました。
    それからだってヒトサマに自慢できるような人生でもないのですが、何とかやってきて、今日こんにちまで来ました。

    だから、自分の郷里って言うか、「岡山」というところは、
    あんまり眼中に入れたくない、なんかわざと目を背けていたそんな土地でもあったんです。
    そんな感じですから、当然、岡山の同胞たちがどんな暮らしをしているのかもわかりませんでしたし、自ら勝手に敷居を上げてたみたいな感じもあったのかと思います。
    了見の狭い男です、ハイ。
    まあ、生活の場が「愛媛県」であり、そっちの生活がイッパイイッパイだっていうのもあったんですけどね。

    高校の同級生の「池田くん」という立派な男が、「肝臓学会」のついでに武智を愛媛で発掘してくれて(その彼は肝臓内科なのに、なぜか最近、自分の生業である透析の分野にも関わってきているという奇遇があったりもするのですが・・)、
    それが縁で、高校の同窓会にも呼んでいただけて、
    その何十年かぶりの旧友との再会で、
    さらに縁が縁を呼んだりして、
    それをまた昨今のSNS(自分にとっては主にFacebookでしたけど)が後押ししてくれて、
    ・・それからもう5年の月日が流れて、それでまた高校の同窓会になったわけです。

    でも、前回、何十年かぶりに軽口叩いた高校の担任の先生も、定年にやっとなったばかりでこれからのはずだったのに、なぜか亡くなられてたり、
    ほかにも鬼籍に入られた同胞がいたりと、人生の複雑な側面を垣間見るような穏やかでない部分もあったりしたのですが、
    それでも5年ぶりに会ったら、知らない女の子も、合えばその日から友達で、
    (FBのウォールに、武智がまさにそうやって女の子に「知り合ったらその時からもう友だちだからね」と文系の女の子に喋りかけてるお恥ずかしい動画がすでにアップされてました!池田くんたらもう!)
    それはやっぱり、おんなじ時代で、あの空気の下で何年かを一緒に過ごしたというそれだけのことが、
    それだけ以上に今になってフィードバックされてるわけで、
    そういう無形のものがいかに大事で素晴らしいことなのかって、まさにかけがえのない宝物だったんですよ。

    そのことにいまさらのように気付かされて、
    それを気づかせてくれる友だちがいて、今からでも何十年の時を超えて、付き合うことだってそんなに昔ほど難しいわけではない、
    だから、遅すぎることなんてほんとないんですよね。

    5年前のエントリーですが気負ってますねー。そしてその気持はやっぱり5年たったもあんまり変わらんかったようです。

    で、パート2です。翌日の今度は中学校の同窓会。

    自分は、附属小学校からほぼ持ち上がりの感じで、附属中学校というところに入って、だから、小中はずっと一緒だった奴らが多いんですよね。
    そして、その中の1/3くらいが、岡山県立岡山芳泉高等学校という新設校に流れて、だからずっとおんなじといった奴らもいて、
    その関係か、監事の方が気を利かせてくださって、
    高校の同窓会の翌日の昼に、中学校(28期とか言ってたな・・)の同窓会を企画してくれたわけです。

    前日の高校同窓会も、結局4次会までで、解散が朝の5時というハードスケジュール。
    ヘロヘロで、会場にたどり着いたら声完全に枯れてました^^;
    でもこちらはこちらでまさに30年ぶりの邂逅のヒトたち!もうびっくりの連続だわ。

    それでかどうか知りませんが、ハイボール6杯飲んで、
    貸切の素敵なバーで、突然うるうるになって涙が出始めたら止まらない止まらない、
    にじむ涙じゃなくって、あとからあとから溢れ出る涙、
    鼻をしゃくりあげながら、泣いてみんなに抱きついてました。

    あれは一体何だったんだろうね?
    なんか封印してたもんが一気に堰を切って流れだす感じなのかな、まあはた迷惑な男ですよね。

    というわけで、香川済生会病院の偉い先生に駅まで送ってもらって、おみやげの買い物まで付き合ってもらって、
    列車ではひたすら爆睡!
    松山までついて、掃除のおっちゃんに起こしてもらい、慌てて出ようとしてもドアは開かず、
    運転手さんの席からおろしてもらったというていたらくでしたよ。
    これが松山で停まらない列車なら、目が覚めたらもっと南の宇和島とかでしたね。あははは!

    はい、楽しい怒涛の二日間でした。

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