私はすでに加速状態に入っていた。シミは瞬く間に拡がり、一条のビームとなって、さっきまで私がいた場所に向かって、確実に、触手のように伸びていた。
私が加速度状態にあるため伸びているように見えるが、実際はゼロコンマでの出来事だ。
一瞬遅ければ、もう黒焦げ死体の出来上がりってとこだったろう。
重粒子線熱線銃(ブラスター)だ。
しかし加速状態に入った私にとっては、そのビームですら鈍足のランナーだ。
光の束の出どころを動きながら補足する。
熱源は残留思念のように空間を漂っている。
それは人の形をした熱エネルギーとして残っていた。
しかし、私を抹消するために送り込まれた最終スナイパーが、まさか生身の人間だったとは。
私も見くびられたものだ。
それとも人間の死に物狂いのパワーは、マシンをも凌ぐと、バットマン・シンジケートは考えたのだろうか。馬鹿な。
敵は数十メートル離れた路上に、ぽつんと佇んでいた。
熱線銃をだらんと下げて、少し猫背のままで。
ダークなコートの下は、もこもこの耐圧防弾ジャケットが装備されているのか
、それとも極彩色のプラスチック爆弾が仕込まれているのか。
それともこのおマヌケさんは、私を破壊したと信じきって放心しているのだろうか。
加速を維持。
私の背後が明るくなり、どうと音を立てて、元人間だったと思われる塊が倒れる音がする。
背後を歩いていた褐色のサラリーマンが巻き添えを食ったのだ。心から申し訳ないと思う。
救いは即死だということくらいか。
何も考えられないまま炭化していったことだけが不幸中の幸いだ。
明日の新聞に男の顔写真が少しだけ彩りを添える。
それだけのことだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
人間だった物質が焼ける匂いが拡がってゆく。
その匂いだけ嗅げば、焼き鳥もBBQも大して変わらない。唾液の分泌が促進されるのはさすがに辟易ものだが。
敵は動かない。
もしプロだとしたらこれまでよく生き延びてこれたものだ。隙だらけだ。
私を狙った組織の差し向けたヒットマンというのは考えすぎだったのだろうか。ジャンキーのただのイカレポンチの暴走行為にしかすぎなかったのか。
いや、あのヒット・ポイントの正確さは素人にできるシロモノではない。
加速を緩めた瞬間に、満身の力を込めて手刀を頸部に振り下ろす。
彼にとっては目の前に突然何かが現れ、そして、といった感じだったろう。
そのまま彼の頚骨は砕け散り、それと同時に頚椎は引き伸ばされ、ちぎれ、彼は絶命する。
足元に静かに拡がってゆく血の海の中に横たわった男の体を、ブーツの先で裏返す。
その瞬間、私の身体はフリーズする。
表情を失ったその男の顔に見覚えがあったからだ。いや見覚えなんかではない。
だが、馬鹿な、そんな馬鹿なことがあろうはずもない。
喉まで、でかけた悲鳴を押し殺し、爆発しそうな感情をねじ伏せる。
と同時に自分の中にもまだこんな荒馬のような心が残っていたことに、自分自身で驚きを感じる。
男は、ほかならぬ わ・た・し だった。
死ぬ間際にジョーカーの残した言葉がリフレインする。
「お前さんは近い将来お前さん自身と戦うハメになるのさ、
でも知ってるか、どっちがお前さんなのか、
正しいと信じてるお前さんと、悪のヒーローのお前さんと、
そして、どっちが残ろうと意味なんかありゃしねえのさ、
たくさんの血が流れて、たくさんの建造物が崩れ落ちる、
多くの涙が流れ、女たちの叫び声が街を埋めつくすだろう、
それで最後にひとりだけ残ったお前さんはどっちのお前さんだろうな、それでもお前さんであることに変わりはねえ、ケケケッ・・」
オレは、
ここにいて、街を守ろうと戦っているオレは一体誰なんだ?
そして周囲に邪悪なエネルギーが瞬時に充満するのを私は察知する。
莫迦な・・・
空間がありえない形に歪み、その隙間からからありえない数のバットスーツの群れが吐き出されてくるのが見えた。
その瞬間、ものすごい圧力がかかり、崩れ落ちたビルの側面に叩きつけられて、私の意識はホワイト・アウトした。
「ダークナイトがくるぞぅ」誰かが叫ぶように囁いた。
(おしまい)
「ダークナイト・ライジング」(邦題・2012年)はノーラン監督のバットマン3部作の終章でした。
上映時間も半端なく長く、超大作と呼ぶのにふさわしい作品でした。
しかし、前作のジョーカーのような悪人を描ききれなかったのが少し残念ではありました。
ヒトは、己の心のなかにも善と悪と、その他多くの仮面をまとっています。
そしてそれらのどちらが絶対正しいのだと誰が判断できるのでしょうか?そして時代が今に近づけば近づくほど判断のしにくい世の中になっています。
でも我々はやっぱり、その場で、より良き方向に向かって舵をとりつづけていくしかないのでしょう。
バットマンのコピーが悪の組織「ショッカー」のように量産され、たまたまそのひとりが本郷猛こと仮面ライダー1号みたいに正義に目覚めて、悪と戦うとしたら?
でも、彼が正義で、ショッカーが悪だなんて誰がどうして言えるんでしょうかね?
人造人間キカイダーには「良心回路」が組み込まれていたが、悪に向かわないための「良心回路」って一体なんなんでしょうね、
・・・と、キカイダーでも仮面ライダーでもないボクらはそこで途方に暮れるのでした。
ほんとはみんな、Drギルの笛で操られたいんじゃないのかな。
オリジナルで言えばゼペットじいさんの操り人形だった方がピノッキオは幸せじゃなかったんだろうかってことですけど。
そんな風に世のやつらおもってんじゃないの、とか思うことすらあります。
思考停止するほうが楽なことだっていくらでもありますもんね。
繰り返しになるけどそれが悪いなんていう資格は誰にもないんでしょうしね。
でも、きっとバットマンは、Cityを見捨てず、いつか自分がどんな種類の「ニンゲン」であったかを見つけ出して、戦ってくれることでしょう。
だから、ボクらもこの自分たちの「ゴッサム・シティ」で生き続けて、戦い続けていかねばならないんですよ!
Get up,Stand up,Stand up for your right!ってやつかな。
てなわけでこんなのを発作的に書きました。ご笑納を。