評価:
コメント:読めば読むほどに味わい深い『小説』たち。
A.
昨日はM先生と飲んだ。
飲みながら亡くなられたT先生の話をした。昔の話をたくさんした。
話をするだけで救われることどもも世の中にはたくさんある。
話してる途中、先日亡くなった別の患者さんに対するわだかまりが氷解するのを感じた。
なぜだかわからない。
手前勝手で申し訳ないが、ああ、あのおばあちゃんホントに亡くなっちゃったんだなあ、あっちの世界に行っちゃったんだなあ、と、実感できたのだ。
否定していたわけではない。
ただ『死』という事実を、事実だけでなく観念としても受容したのだ。
その瞬間に。
氷が溶けていって水になって、元のコップの中でわからなくなっても、氷はそこにあるといった感じで。
わだかまりがなんだか溶けていったのだ。
M先生、ありがとう。
B.
ヒトはバベルの塔を作り、新しい電波塔を作る。
前者は神のいる天上に届けという意志が含まれてたんだろうけど、後者はどうなんだろう。
李白の話を知っているだろうか?
李白はご存知のように中国の詩人で、月と酒をこよなく愛した。
船に遊び、独酌し、水上の月を天上の月と思い、月に手が届くんだと手を伸ばし、溺れて死んだという。
夢をみたので書きだしてみた。
C.
さて、T先生の家の裏には果てしない物見台がある。
先生は物見台だというが、それはしなる鉄塔で、タワーといってもいいどころじゃなく、完全なタワーだ。
ところどころに、ロープウェイのゴンドラみたいなものが設置されている。その光景はあたかも鳥の巣のようだ。
鉄塔は風にあわせてしなるのだが、そのしなりは半端ではない。
強度の地震か台風のさなかにいるようだ。
だから先生も、3段目のネスト(鳥の巣)にはめったに行かないんだよ、と、笑う。
そこで月をみたり、寝袋にくるまって揺られてるとね、地球を感じるんだよ、とも。
で、自分も一段目の20m地点に上がってみたが、ホント身の置きどころのないくらい狭い空間で、そこでグラグラ揺られていたら気分が悪くなって、すぐにリタイヤした。
それに周り全部ガラス張りのところにいると、ホント空に座っているような気分なんだ。
いや、それがとってもいい気持ちというよりは、鳥に生まれんでよかったなあというのが正直な感想だ。
ちょっと強い風の日に、先生に誘われて、鉄塔に付属の狭い階段を、おそるおそる第2ネストまで登った。
もうあたりはどっぷり暗く、染み渡るように晴れた青空にポッカリとオレンジの月が浮かんでいる。
高度は50mだそうな。
体感風速は半端ではない。ネストに入ってからもガラスの隙間から高調音が途切れることなく耳を刺し、そして揺れは激しい。
とても、風流に月を眺めて、杯をかわして、吟じるような雰囲気ではないことだけは確かだ。
じゃあ、オレはもう一つ上まで行ってくるから、ここで待っててよ。
そう言って先生はザックを背負って、細い階段を上がり始める。
自分はその後ろ姿を見送るだけだ。
そして、また、風がごおと鳴り、その瞬間に先生は天に召し抱えられるようにふわりと浮いて、そのまま垂直に浮かんで、どこかに消えてしまったんだ。
鉄塔は今もある。
だけど、それに登る人はもういない。
噂によると、手入れを放棄されたネストには本当に鳥が巣を設営してるとか。
ただ、風の強い日には、鉄塔のしなりは半端ではなく、そのしなりと軋みの音の谷間に、T先生の歌声が天から降ってくるのだそうだ。