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    ハムエッグと京都のときわ食堂と『おもかげ色の空』

    • 2009.04.29 Wednesday
    • 17:05
    sakura&torii

    4月に日帰りで京都に出かけた。百日咳がぶり返した中で死ぬ思いでのツアーだった。
    行く数日前のこと、京都のガイドブックを見ていると、いろんなことを思い出した。

    京都で大学浪人していた。
    京都駿台予備校は二条城の隣にあった。寮は東山南寮といって、清水寺方面にあった。
    狭い、明かりの入らない部屋に、男4人が暮らし、何をするでもなしに夜ごと悶々としていた。
    好きな女の子(ほぼ個々人の勝手な片思いのようであったが)の名前を犬の遠吠えよろしく吠えあげた夜もあったな。
    そこは明治にできた華麗な赤レンガ造りの建物だったが(タバコ工場だったとか?)、
    中は真っ暗の、ホントに牢獄みたいな建物で、そういえば部屋の窓の外には鉄格子がはめられていた。

    昼前に起きだし、遅い朝か昼か分からない飯を、近所の『ときわ食堂』に食べに行く。
    初老の物静かな夫婦が切り盛りしており、何か仲良くなって話したとか言う記憶もない。
    ハムエッグ定食は卵二つに薄っぺらいハムだ。
    ちょっと裕福な気分に浸りたいときはこれまた薄いカツ定食を頼み、ガラスケースの小皿料理を余計に取る。
    そこでは酒とか飲んだ記憶もほとんどない。
    高校卒で殆どが初めての一人暮らしの若人たち。
    そんなに勉強するわけでもなく、かと行って京都観光するわけでもなく、予備校にそう足繁く通うわけでもなく、
    あの暗い部屋でボクラは一体何をしてたんだろう(案の定二浪したことがすべてを物語っていますが・・)。

    その昔、中村雅俊主演の『俺たちの旅』というドラマがあり、
    一応大学生のカースケ(中村雅俊)と、オメダ(田中健)と、なぜか社会人のグズロク(秋野太作)が人間ドラマを繰り広げた。
    明日のことなんてくよくよ考えるよりも今日を精一杯生きるのが大事なんだよというセオリーにのっとってドラマは展開し、
    その一挙一動にボクラは感動するわけであった。
    あのヒトはそんなヒトじゃないよ、オレは何があってもあのヒトを信じるよ、信じるってこと、それが大事だろう、
    と言いつつ裏切られるカースケ。
    でも最後にはみんなで肩組んで、井の頭公園の噴水に飛び込んだりするのだ。
    彼らの根城になっていたのが、下宿たちばな荘の1階にある『お食事いろは』という名前の店だった。
    なんか、勝手に冷蔵庫からビール持ち出してきて、栓抜きでうれしそうに瓶叩いてしゅぽっと開ける仕草とか、あこがれたもんだった。
    そこに東大萬年浪人のワカメとかもいて、よれよれになってカースケに絡んでたりした。
    まあ、前述したように、現実の『ときわ食堂』はそんな光景はあんまりなかったのだが。

    たまたま検索していてこんなのも見つかる。
    読んでいると容易にあの時代に引き戻されてしまった。
    自分の同じ部屋には、愛媛県の西條出身、石川県、広島の方の3名がいたと思う。彼らは今頃何をしてるんだろうか。

    だんだんいろんなことを思い出す。

    自分が京都で浪人していたのは多分昭和54年の頃で、長いひげの京都大学生の寮長さんがおられた。
    その寮長がたまたま帰ってこないと予想された夜、
    灯りを消した部屋で、ろうそく立てて、電気ポットでおかんして、ビニール張りの床に新聞紙ひいて、
    オーブントースターでするめあぶって秘かな宴会をしていたら、なぜか帰ってきた寮長に見つかり、
    当然酒も没収され、冷たい廊下に正座させられ、
    それから何日間かトイレ掃除を順番でしたのも今となっては・・・いい思い出だ。(のはずないよ)

    そうそう、また思い出した。
    電柱に掛けられていた(これまた今は亡き)桂 枝雀師匠の寄席のポスターに火をつけた予備校生がいた。
    彼が火を付けた理由といえば、枝雀師匠のあの笑顔が気に入らなかったということなんだそうだ。
    まあ、京都という土地はなじむまで一元さんには冷たいということだし、
    壁の中で生活していたぼくら予備校生は、あまり心開くことも開かれることもなく、憧れだった京都での予備校生活はそれでも2年続くのだったけど。

    思い出は尽きない。だいぶデフォルメされているけど。

    そんなこんなで、かぐや姫のLP引っ張り出して聴く。いい。
    でもオリジナルを聴いているより、べろべろに酔ってカラオケ歌いながら、自分の中で再構築してゆく方が100倍くらいの快感なのである。

    部屋の灯り消しながら、また会うその日まで♪

    (写真は平野神社の桜)

    犬の避妊手術と子供の虐待

    • 2009.04.28 Tuesday
    • 18:31
    dogswildflower
    犬たちの避妊手術が終わった。

    朝連れてゆき、夕方迎えに行く。
    動物病院は盛況だ。休日というのもあるだろうが、途切れることなくペットを伴ったヒトが訪れる。
    うちの犬たちは、オスは精巣を、メスは子宮と卵巣を摘除する。
    生え過ぎて乱杭歯になっている余剰歯も数本ずつ抜いてもらう。耳の真菌検査もしてもらう。
    当然であるが人間さまと違って医療保険はきかない。
    子宮までなんでとるのだろうかと考えていたのだが、取り出されたそれをみると紐状で、人間のそれと比較してみるとそんなにでかいものではなかった。初めて見る犬の子宮。
    アイ(♀)は傷口を舐めるらしく、創縁が反転してきており、先生からネッカ(えりまきのようなもの)をかぶせておきましょうと言われる。
    いつももっとやんちゃなユウ(♂)もおとなしい。
    さすがに2匹とも少しくたびれた様子だ。
    いればいたで、うんこだらけにしやがって、おしっこどこにでも振りまきやがって、飛びついてきやがって、ぺろぺろ舐めやがって、
    オイそのウンコの足でオレの上に乗るな、の2匹だが、
    こうやって一日いないだけで会って元気なければこちらまでトーンダウンしてなんか心がうら寂しくなる。
    それは彼らがちゃんと家族の一員になっているということなのだろうか。

    犬はしゃべらない。
    ちっちゃな子供もまた親に依存しまくるくせに、生物としてはちゃんとした独立した存在である。
    虐待から、女の子が死んでしまっただろう事件が報道されている。
    犬と子供を比較するのもどうかとは思うが、
    子供に対する接し方というものは、自分により近い場所にいるもの自分のDNAを分けた分身であるがゆえにかえって虐待というゆがんだ愛情にかわることももしかしたらゼロではないのかもしれない。
    このハードな世界で、みんな自分のことにまだまだ精一杯なのに、
    それ以上に何かを片手に持たされ(自分で手にはとってみたが離すすべを忘れてしまったのだ)、ときには両手をふさぐようなことになったりして、それで手も足も出なくなって、その上眼前に子供がまたぶら下がってきたら・・、
    悲鳴をあげて、両手の荷物を振りほどき、ただただ愛しいわが子にだけ向きあいなさいというのはハードの二乗なのかもしれない。
    ナニがあっても親なら子供のことを考えなさいという社会のそこに流れる『常識以前』の意識がもはや機能していないのだから。
    今までの『常識』を振りかざして論じても何も変わりはしないだろう。

    昔と違って犬は拾ってくるものではなく、昨今では我が家の犬同様、血統書つきの犬とかばかりだ。
    昔は家の残り物をやったらよかったのに、きっちり作られたドッグフードしかやってはいけないそうである。
    外で通行人にわんわん吼える犬よりも、家の中でじっと座っているいる犬の方がきっと多いだろう。
    犬はだから昔の『番犬』ではなく、代用家族としての座を確立してしまった。
    その代用家族としての犬とかその子供とかを、飼えなくなったという理由で捨てることと、子供を虐待することに、はたして大きな差はあるのだろうか。犬は引き取ってもらえばいいけど、子供は早々簡単に引き取ってもらうわけにも行かない。そして子供は時につぶらな瞳で訴え、時に大人より鋭い心で、親の心の奥底を踏みにじったりもする。天使で悪魔だというのは当たっている。

    子供はなぜ可愛いのか?犬はなぜ可愛いのか?

    手間をかけたらいとおしいのか、自分のDNAを受け継いでいるから可愛いのか。家族の一員だからいとおしいのか。
    では一体家族とは何なのか。同じ屋根の下に一瞬でもいたらそれは家族なのか。子供は大きくなったら親の面倒を見なくてはならないのか。親はシングルマザーで帰ってきた娘の面倒を一生見続けなければならないのか。

    いつまで続くのか、そりゃしょせん生きてるたった少しの間のことなのだけど、
    どんなに遠くにいるようでも近くにいるようでも、とりあえずウイルスはすごい速度でやってくるのだろうけど。

    (これ書いてからWHOはフェーズ4の勧告を出しました。)

    『排泄ケアマニュアル』という本が無事3月に完成しました!

    • 2009.04.27 Monday
    • 12:40
    haisetsucare
    4/25『えひめ排泄ケア研究会』の世話人会があった。

    その夜は当然街に繰り出したわけで、散財した。財布空っぽだったもんなあ。
    久々の『ir』もいっぱいで、くまちゃん繁盛繁盛よかったよかった。Ayaちゃんにもすれ違ったし。セクハラ・・多分してない?
    『グランクリュ』では薪ストーブ席に始めて座り、赤ワインを堪能しました。上品なピザもいただきました。
    『のり庵』では荒木先生(後述)が寝ちゃって、自分も何しゃべったかわかりません。

    ところで、この会も立ち上げて6年だそうだ。

    初めは愛媛大学看護学科の加藤基子先生が会長だったが、いろいろあって(といっても自分は詳しい経緯を知らないが)現在は同学部教授の陶山啓子先生が会長だ。
    この会長も酔っ払わなかったらいいヒトなんだけど・・・それはあっちも思ってることだろうからおあいこということで。
    (うそです。結構今回の件で教育者としての実力とっくり拝見させていただきました。でもやっぱり酔ったら・・)
    是非みなさんにも、『ちかっぱラーメン』での店主とわが会長の応酬を見ていただきたいものである。
    まるで学生のケンカみたいな感じだもんな。あれって。おもしろいです。
    その中に不肖ulalaも末席を汚しているわけである。
    そこに、去年くらいから、六軒屋町にできたばかりの『あらきクリニック』の荒木先生が助っ人に来てくれる流れになったことは以前も書いたと思う。彼の情熱たるやすさまじく、もう、この会の先頭をぶっちぎってかけっているといった有様にいつのまにかなっていた。とにかく、まじめ、自分もええ加減まじめだと思っていたが、これまたびっくりである。念のために書いておくと、荒木先生も自分とおんなじ泌尿器科のDrである。もしかしなくても彼はこの会のキーパーソンとしてまだまだ行くことだろう。楽しみである。
    そのほかにも、個人情報があるので列挙できないが(といいつつしてますが)、いろんな方の尽力がある。
    この会の奇跡的な部分は、みんなが『善き事』と思っている方向がほぼ一致しており、誰もそれを苦痛に思わないことだろう。
    だから、だれることなく、前向きに存続できたのだと思う。
    そして、その奇跡のような力を思う時、なんだかうれしくなる。この流れがずっと続いていってくれたらいい。

    さて、H21度の最後の事業で、『三浦保』愛基金をgetして、『排泄マニュアル』を作ることとなった。

    会長が症例をセレクトして招集かけたのが1/17。
    3月完成じゃなかったの?という不安の中、次回までに叩き台を3つ作ることとし、1/25集合。そして全症例8つを2/7に検討。
    それから会長がインフルエンザに倒れ、ばたばたして、会は流れ、その間に各人原稿をつめて、自分も『排尿障害の医学的基礎知識』を日曜丸一日費やして書き上げ、なんとすべての原稿は2/25でほぼ完成、印刷所に流れて、大学院生の方によるイラストも大幅に入って製本されたものが無事出来上がったのだった。
    会長の底力たるやあなどれんものがある。やれやれ。
    自分はそんな無謀なことはできんなあ、と、ますます、女の人たちにちょっと大いにびびったのでありました。やっぱり小物ですかね。

    この本を見ると『排泄ケア』のすべてがわかるというようなものではないが、
    前半はアセスメントとその情報収集について、排尿障害の医学的基礎知識、の解説があり、
    後半は、自分たちが実際取り組んできた症例を、再検討し少し普遍的な要素も加えて8つの事例にしたもので、構成されている。
    A4版70ページの大作だ。

    これらの著作は、決して儲けるためにしてるんでもなんでもないので、
    できれば、HPとか作って、
    介護とか看護の現場で困っている人たちがいつでもアクセスし、参照し、
    あるいはダウンロードして、実際役に立つようなことでもあれば、製作者一同本望ではないかと考えている。

    まあこれは予定ではありますが。

    こうやって仕事を一つ一つ形にすることでしか決着つけれないタイプの人間なんよ、私は。


    吉田拓郎の最終ツアーが始まる。自分が自分を全うするためには。

    • 2009.04.24 Friday
    • 18:36
     勝間和代氏の『断る力』、これもようやく読み始める。
    一言一言がぶんぶん響いてくる。
    なぜ、『断る力』を手に入れなければならないのか?それを欲してないヒトには百年たってもわからないだろう。
    まあ、そもそも欲していないヒトがこの本を手に取ることはないだろうけど。

    いろいろ書きたいことがあるのだが、書き始めると今の気分ではネガティブお怒りモードになるので自粛。
    でも、言葉でコミュニケーションができない人にはそもそもどうやってどの言語でもってどのツールでもって話しかけるのか?
    それが目下の問題である。

    犬の相手をしつつ、(といっても1時間に一回程度のぞきに行って、おしっこ片づけて諭したりするだけなのだが)
    これもようやく、『大いなる明日へ 〜復活!吉田拓郎〜』LIVE観る。
    NHK101スタジオでの、瀬尾一三率いるビッグバンドとのLIVEセッションで、最終ツアーの前哨戦の意味も込めて撮ったというもの。
    最後の「ほっといてくれ」という発言に’にやり’とする。
    田家秀樹氏によるインタビューも間に挟まれているのだが、
    がんばらなくてもいいでしょうといいながら、この人はあれこれやはり考えてジタバタしていたんだということが判明して、また笑ってしまう。

    そして、拓郎は最後のツアーを始めるそうだ。
    皮肉を込めて書くと、団塊の世代の巨人・吉田拓郎の威力はいまだ衰えることなく、
    そのCDセールスがオリコンの6位になったとかいうし(この今の時代に、63歳の吉田拓郎世のNewCDが、それも初登場でだよ)、
    世の中何が起こるか分からないものだ。
    (いや、これはフォーク時代の拓郎をリアルタイムで語れる人への自分世代からの嫉妬もずいぶん混じっているのですが・・)

    こうやってtextで主にやり取りするネットの世界において、
    (写真は想像力にフタをするのでやはり個人的には最低限にしてtext=言葉の持つ力で勝負したいと考えている)
    このなんというかつかず離れずの感じ(来る時は門戸を開けて拒まずの姿勢で、来ない時は強制するわけでもなくそれでいてまた来た時はこんにちわ長いこと留守にしてたけど元気でした、とかそんな感じ)が押しつけがましくなくいいのだけれど、
    こんな感じで、あと死ぬまでのウン十年も続いてゆくもよし、
    いっそのこと消えさるもよし、・・とか、時々否定的ではなく思う。

    吉田拓郎がこうやって忘れた頃に、元気で、TV画面で語ってくれるのもよし、
    ナマの音を聴きにコンサートに行くもよし、
    拓郎の古い画像でも見ながら、おれも若いころはなあと熱く語るもよし、
    酒を酌み交わしてクサナギくんよろしく酩酊した席で、『ペニーレーンでバーボン』をがなるもよし、

    でもきっと拓郎は、
    勝手に突っ走ろうとする観客をしれっとかわしてしまい、甲斐バンドみたいはこぶしを振り上げさせてはくれないだろうな。
    『あくまでボクが主役なんだから、キミタチはボクの言うこと聞きなさい』とか言ったりするんだよな。これが。

    ああ、やはり、何かをするためには何かを捨てなければならない。
    何かを断ることはネガティブではけっしてなく、何かを取捨選択することなのだ。
    そしてその取捨選択がマジョリティに納得させうるものなら、否定の言葉はいつかどこかに消えてゆくことだろう。

    『もういらない』とかつて言った吉田拓郎と、
    『がんばらなくてもいいでしょ』『ほっといて』と言う拓郎と、
    案外彼は、その場限りのヒトではなく、一貫して、『個人』であることを貫いてきたのかもしれない。

    コメント:HAVE a NICE day.

    BARK

    • 2009.04.21 Tuesday
    • 17:30
    syogyoumujyou

    オレはきゃんきゃん吼える犬だ。
    怖くてたまらなぬゆえ、
    牙をむいて、
    吼える。

    口の端から、
    泡粒と汁になった唾(つばき)を、
    だらだら垂らしながら、
    声を枯らしてひぃひぃ百日咳の声で吼えつづける。

    ほら下顎が突き出てきたぞ。
    ロープはない、ダウンしたらそれっきりのおしまい。
    あの夏のいつかどこかの眩い光に射抜かれたっきり。

    みてごらん、
    あの白い腹の遥か下方、
    ちっちゃなチンチンの隆起を形作るまたぐらにむけて丸まったまんまの長い尻尾。

    震えながらも、
    それでも吼えずにおられない、
    こんな夜には。

    お前が遠くで笑ってる、お前が遠くで泣いている、
    お前の腰に誰かが手を廻して接吻を交わしている、
    お前が遠くであくびをした、
    お前が手を千切れんばかりに振ってくれたあのホーム、
    お前がもうどこにもいない朝。

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