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    いつか雨上がりの夜空に君を抱きしめたい

    • 2009.05.30 Saturday
    • 17:04
     いつか雨上がりの夜空に君を抱きしめたい

     1.

     梅雨特有の低くたれこめた雲が空一面を覆いつくしている。
     雲は雨を運んできた。そして・・飽きもせずに雨は降り続いている。
     僕は生まれてこのかた、雨以外の天候を知らなかったんじゃないだろうか。
     重く膨れあがった鉛のような空気が僕の心をブルーに染め、そんなバカげた錯覚さえをももたらせる。
     世界中が水浸しになっている。
     そうだ、いっそのこと、世界中が大洪水になればいい。
     何もかもが洗い流され、後には何も残らない。希望のカケラもない″無”の世界。
     『光あれ。』なんて声もしやしない。でもそれじゃあ今と大して変わっちゃいないな。

     僕は傘をさして佇んでいる。
     大きく黒いコウモリ傘だけが、僕と外界に境界をつくる唯一であり絶対だ。
     そんなはずはない。雨はやはり何処からか忍びこみ、僕の身体と心の中にまで降りそそぐ。
     冷たい雨が舗道を濡らしている。
     雨の日には、いろんな過去が幻影のようによぎってゆく。
     そんな時、目に見えない鎖の存在に、あらためて人は驚かされるのだろう。本来、自分で課した足掬であることを忘れて。
     
     現在が一体いつなのか僕にはわからない。
     視界一面が灰白色の鈍いトーンで覆われ、朝でも昼でも、あるいは夕暮れでもいいような気がする。
     しばらく佇んだまま考えてみる。意識は混沌としたまま動こうともしない。
     どうでもいい。
     手はいつもと同じ手順で胸ポケットの煙草を取り出している。
     灯を点け、深々と扱い込む。
     ニコチンがほんの少しだけ身体に刺激を与えてくれる。ほんの少しだけのエナジーを。
     
     里美(りみ)の薄紫の傘がぼんやりと視える。
     里美の白く長い脚が灰色の背景に溶け込んで、まるで日本画の美人絵図かなんかみたいだ。
     傘も里美も佇んだまま勤かない。でも時は流れてゆく。
     
     そうだ、時は確実に流れ、僕は年老いてゆく。
     いらだたしさばかりが積み重なり、そいつがどこからやってくるのかわからぬがゆえに一層、いらだたしさは積み重なるのだ。
     明日の朝死んでも、二十年後の明日死んでも、大したかわりはないのだろうか。
     それじゃあ何のために生きてゆくのか。死ぬために生まれてきたなんて浮いたセリフは遠慮しておこう。
     わからない。
     煙草の煙がやたら目にしみる。
     車が水しぶきを散らして一台、そして又一台と、通り過ぎてゆく。

     2.
     
     傘の下には描のムクロが横だわっている。
     茶色と白だったらしいまだら模様も、今では雨と泥にまみれて見る影もない。
     猫は四肢を中空に向けたまま硬直している。あおむけに倒れたその描が最期に視たのは何だったのか。
     確実な答えが欲しいから人は会社で同じ事を繰り返し、学者は定理を証明し、教師はオーム返しを唱え続ける。
     確かなものなんて何一つないんだよ。描はそう言ってるような気がなぜかする。
     里美は猫に傘をさしかけたまま動かないでいる。
     猫も、傘も、里美も、そして僕も、ただじっと佇んで、時の流れを感じている。

     僕と里美は道路を隔てて立っている。
     僕の視界を時折り車がよぎり、里美の姿を隠す。僕にはそれが耐え切れない。
     猫のムクロはくちてゆくのだろう。
     甘酢っぱい芳香をふりまきながら腐り、ドロドロに溶けて崩れゆくのだろう。
     そして崩れ落ちた後には何も残らない。そこに描がいたことの存在証明などありはしない。
     かすかに漂う香りもいつしか色褪せ、消え去る。
     
     なんてステキなんだろう。まるで僕等とおんなじじゃないか。
     ドロドロに崩れゆく直前が僕達だ。朽ち果ててゆく刹那のきらめきを僕等は感じとることができる。
     こんな場面にはビートルズよりむしろストーンズが似合う。
     例えばミック・ジャガーが目の前の水溜りでもがいてるところを想い浮かべてごらん。
     血まみれのミック・ジャガーは僕を見上げて何か言おうとしている。
     鉛の弾が何発かワキ腹にでも喰い込んでるみたいだ。ラリったパンカーにでもやられたんだろうか。
     何か言えよ、言ってみろよ。
     僕はワクワクしている。興奮している。
     ミックのわき腹をおもいっきり蹴りあげる。
     蛙がつぶれたような悲鳴をあげてミックは泥だまりをのだうちまわる。
     僕は楽しくてしかたがない。
     やがてミックは静かになり、動かなくなる。
     死んじまったのかもしれないし、気絶してるだけなのかもしれない。
     そうさミック、lt's only rock'n roll、わかってるじゃないか。
     ミックの身体がみるみる溶けおち、甘酢っぱい芳香が僕の鼻をつく。芳香だけが彼の存在証明であるかのように大気に拡がりゆく。
     その香りはまさしくストーンズの音楽そのものだ。
     溶けてゆく。ドロドロに崩れ落ちてゆく。
     その香りはもう僕から離れることはないだろう。なぜって、そいつはもとから僕の裡にもあるものだったから。
     
     りみ
     だからぼくは
     どうしてきみがそうやって
     なみだをながすのか
     わからないんだ
     
     信号が赤から青に変わり、僕は舗道を横切る。まるでうらぶれた名画座で観る日暮れのラブ・ストーリーだ。
     里美がスローモーションで僕を振り返る。
     顔中を涙でいっぱいにした里美が振り返る。

     3.

     昔、僕がまだ子供だった頃、かわいがってた犬が死んだ。
     ”コロ″という名の犬だった。
     おくびょうなくせに一匹でたくさんの野犬とわたりあって、寒い冬の朝に息も絶え絶えに戻ってきた。
     身体中血だらけにして、それでも僕を見ると立ちあがって、弱々しく、でもうれしそうに尾を振った。
     まったく、まったくお前は、お前っ奴はどうしようもない駄犬だったよ。
     医者は今夜が峠ですと告げた。
     内蔵が破裂していたらたぶん助からないだろうと告げた。
     そしてその夜、身体を暖めるために入れられた矩鑓の中でコロは逝った。
     僕は度々、炬燵の中に手を入れてはコロの心臓の鼓動を、コロのぬくもりを感じていた。
     TVの洋画劇場が『ヴォルサリーノ』を流していた。アラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモンドが出演のギャング映画だった。
     時計が11時を回り、再び僕が炬燵に手を込んだ時、コロは死んでいた。目を見開いたまま動かなくなっていた。
     その死骸(しがい)は急速に冷えていった。
     TVのブラウン管の中では、ベルモンドが射たれて死んでいった。
     僕はコロの死骸を矩鑓から出し、古い毛布で包んだ。ほんとうに寒い、凍てつくような夜だった。
     翌朝、保健所の車がコロを連れていった。
     おふくろが泣いていた。
     どこでどんな風にコロが葬り去られたのか、わからない。
     ただ、それで全てが終わりだった。
     僕は泣かなかった。泣いたからどうなるわけでもなかった。
     そのまま年老いていった。
     
     里美が抱きついてくる。まるで何かに憑かれたみたいだ。
     里美の身体は小刻みに震えている。
     僕は・・・・。
     僕は遠い記憶の底のコロのぬくもりを里美に感じている。
     もうたまにしか想い出すことのないコロのぬくもりを感じている。
     里美の身体全体が微熱を帯びてるみたいだ。
     僕の身体も震えている、小刻みに震えている。
     どうしたんだ、どうしちまったんだ、一体どうしちまったていうんだ。
     
     里美の手から傘が離れ、不安定な軌跡を描いて路上をゆく。
     大型トラックの下に吸いこまれ、みえなくなる。僕はその光景をぼんやりと眺めている。みるともなくただ眺めている。
     腕の中には里美がいる、泣きじゃくる里美がいる。
     わからない、僕にはなにもわからない。頭の中で海が荒れ狂っている。
     世界中が大洪水になればいい、いっそのこと。
     雨はやみそうにもない。

      
     4.

     緑の樹が、闇の中に浮かびあがったブラウン管の中で風に揺れている。
     どこか遠くの南の島だ。青い空。青い海。果てしなく拡がる水平線。眩ゆいばかりの太陽光線。
     TVの音声はoffになっている。画像だけが夜を越えて届けられる。
     むし暑い夜だ。風もない。
     ブラウン管からもれる光が唯一の光源だ。
     テーブルの上にLPのジャケットが無造作に放置されている。
     部屋の両端に配置よく置かれたスピーカー・システムからは、けだるい女性ボーカルの声が流れている。
     ドラムスの8ビートが夜を刻んでいる。
     グラスの酒は飲みはされ、水もすでに溶けてしまっている。
     「りみ」
     薄闇の中で僕は里美の胸にそっと触れる。
     「いつか二人で南の島に行こうね。」
     里美のおっぱいは丁度すっぽりと僕の掌にかさまる。
     僕の額から汗がおち、里美の胸の谷間を流れてゆく。よく見ると、里美の膚も少し汗ばんでいる。
     里美の心臓の鼓動が掌を通して僕に伝わる。僕は安らぎを覚える。
     掌に少し力を込めてみる。里美がクスッと笑って身体を動かす。
     「青い空と海。太陽の光がシャワーみたいに降り注いでるんた。
     水は透きとおって海の底まで見えるんだ。
     うん、これじゃまるでなにかパック・ツアーのパンフレットみたいだなあ。」

     アルコールが身体中を駆け巡り快ち良い。
     「りみィ、僕等にできることって一体何なんだろうね。」
     僕はいろんなものをそぎおとして歩いてきた。強く″ひとりっきり”で生きようとそう心に誓って。
     無駄なものをそぎおとしてきた。多くの、多くの新しいことをそうやって手に入れてきた。
     だけどそれ以上に多くを失ってきたのかもしれない。
     それは僕自身にも、いや誰にもわからない。
     「描、どおしたかなあ・・・。」
     里美は答えない。里美が何を思っているのか言いあてたところでそれは何にもならない。虚しさがつのるだけだ。
     わかりあえるなんて言いはしない。僕にできるのは、こうやって里美を抱きしめることだけだ。それが唯一の証だ。そして全てだ。
     
     このうっとおしい季節が僕からエナジーを扱いとってゆく。
     僕は里美を抱きしめた腕に力を込める。抱き寄せる。
     いつだって僕等はどしゃ降り雨の中を裸足で、傘もささずに歩いているのかもしれない。
     今も、そしてこれからもずっと。
     でも里美、そうさ、僕等は歩き続けるんだよ。滅びの前に駆け抜けるんだ。
     滅びの舞いは美しいかもしれない。だけど僕等は滅びるために生きてきたんじゃないんだ。
     今はほんのちょっぴり滅入ってるけど、だからって打ち砕かれたんじゃあないよ。
     だから微笑んで、軽く手を振るんだ。過去って奴にさ。バイバイってね。
     そんなに上手くはいかないかもしれない。
     時には笑い、時には悲しみ、時には怒り、時にはうちひしがれながらあくせくやってかなくちゃならないだろう。
     でもね里美、お前といることでなんとかなるような気がするんだ。たぶん、いや、きっと。
     さあ里美、もういかなくちゃ。
     この雨は止みそうにもないけど、僕等はいかなくちゃあならない。きっといつかこの雨もあがるさ。
     きっといつか。

     そして思いっきりお前を抱きしめるんだ。

     Speclal thanks to RCサクセション 
     
     このstoryは1981年に書かれた。いささかつっぱったガキの独りよがりのラブストーリーだ。
     だがこの切実さは今の自分には欠落しているものなのだろう。
     そして驚くべきことに、その頃からミック・ジャガーもキヨシローも自分の中に住んでいたのだ。
     それがうれしくもあり、進歩がないと落ち込むところでもある。
     だが、しかし、この文章にあるエネルギーの塊のようなものは自分をたすけてくれる。
     オイ、坊主、まんざらでもなかったぜ。26歳の自分に会ったら、そう伝えようと思う。
     お前の戯言なんざ聞きたかねえよ、オッサン。そうヤツは言うだろうか。

     そして白く発光する液晶の前でキーボードを打つ手を休めて考えてみる。
     今まで、いろんなヒトにサヨナラを言ってきただろうか。そんなに多い数じゃない。だけどその数はどんどん増えてゆき、自分の隣の人も明日はもういないかもしれない。
     そのいなくなったヒトに対して自分はこれからもサヨナラを言うだろう。そしていつか自分もサヨナラを言われ幕を閉じる。
     順番が入れ替わり、舞台が暗転するだけのことだ。
     そして最後にうまくサヨナラが言えるかなんて・・・誰も知りやしない。

     豹頭の戦士『グイン』を産み出した栗本薫さん、ありがとう。ゆっくり休んでください。

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