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    音を楽しむということ

    • 2009.02.10 Tuesday
    • 18:24
     「バンドが終わっても曲は残る」
    そう甲斐よしひろは武道館でいったそうだ。
    甲斐バンド最終ライブが2/7武道館で繰り広げられたそうだ。35年間のパーティに幕は下りたのだろうか。

    甲斐は今までも数回、甲斐バンドを再生した。
    自分のソロ・ライブでも、取り上げるのは甲斐バンド時代の曲が殆どで、
    もういい加減オリジナルで勝負かけてよと、往年のファンは何度も唇をかみしめた。
    カバーアルバムを立て続けにリリースしたとき、お前も徳永某(いえ、私は決して徳永さんを非難しているわけではないのです)とおんなじかよぅと舌打ちしたものだ。
    でも、バンドが再生されて、残ったオリジナルメンバーが集結して、あのサウンドを鳴らしたとき、はからずもマジックはおこったのだった。

    だからやめられないんだろう。

    音を楽しむと書いて音楽という。当たり前の言葉。
    でも音を楽しむって事は苦しいことでもある。
    100人が100様に音に向かい合っている。
    今目の前のスピーカーから、iPodから、携帯から、あなたに聴こえている音の塊と、私に聴こえている楽曲は、似ていて異なるものだ。
    そのずれもまた楽しからずや。
    でも、そう考えると、音楽はそう手放しで楽しいものでもない。

    もっと気楽に物事を考えられればと思うのだが、
    年輩の皆さんが言われたり書かれたりするように、年をとってくると音楽と向かい合うのも結構大変だ。
    音楽は、ちょっと構えて、聴く気になって、そちらを向いて、時には正座でもしてあげないと出現しない、というスタンスのものになってしまった。

    情報は確かに増えた、ネットを繰って、雑誌を繰って、shira-kumoさんのブログに触れて、
    でもリアルタイムで音楽を語る期会はずっと減って、リアルタイムで触れる機会はもっと減って、重い腰をあげないとなにも訪れない。
    そしてそれが本当に音を楽しむことなのかと自問していると・・また止まってしまう。
    それでも自分は音楽を希求するだろう。その果てにあるものの本質は理解できないかもしれなくとも。

    それはたとえば音楽は何度も再生されることが可能だからだ、もちろん誰かさんが希求すればのことではあるが。

    その傍らで、ミュージックハウス児雷也』 閉店のお知らせを発見する。
    のぶさんが亡くなっても店は続くと勝手に思っていた。ホント勝手な思い込み。
    思い込みとか、多分とか、かわいそう、ではなにも変わらないことぐらいわかってただろうに。

    It's hard to find THE "real" MUSIC.

    ジャマイカの街角では青空DJブースが日常で、ミキサーがお皿orCDを廻し、
    自称DJたちがマイクでかわるがわるラップを繰り広げているそうな。
    その周りでダンスする女たち。

    たとえば、日本でこの不況が続き、ちんたらした停滞が続けば、街角に音楽は溢れるだろうか。
    コンビニで、メガネの小学生は、おにぎりを買い、やはり塾に向かい、
    疲れたサラリーマンはその傍らを通り過ぎて闇に消えてゆくのだろう。
    ブーツのOLは、携帯の画面の中の誰かさんと、まるで隣の誰かと話すようにはしゃいだ声をあげながら、蛍光灯の眩しい光に手を一瞬かざしたりして。
    闇と光の二つしかないような光景が、人の口からもイマジネーションの中からも執拗に繰り出される。

    そして、たとえば、今、
    オレがくちずさむのはどんなメロディだろう。

    It's hard to find THE "real" MUSIC.

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    • 2014.04.04 Friday
    • 18:24
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      コメント
      今くちずさむメロディーは?と尋ねられたらちょっとドキッとします。
      自分もulalaさんと似たような感覚ではないかな?思うことがあり。
      なんだか情報量の多さと入手しやすさに反比例して、音楽(曲)自体への関心が薄まっているような自分にイライラしたり。「重い腰を上げる」というのも同じく、音楽を中心に生活が回っていた頃と比較して、いったい自分の何が変わったのか?と自問してしまいます。でも年齢を重ねるうちに簡単に感受性センサーが働かなくなったなんて認めたくなく、いつまた交通事故のように熱病にかかるかもしれず、やっぱり音楽を求め続けることを辞められないのだろうなぁ、といった思いです。
      ああでも騙され裏切られ続けても男(音楽)に溺れる女(自分)に明日はあるのでしょうかねぇ〜?
      どうしようもないとわかっていても言うのが愚痴なんで、愚痴なのかもしれませんね。
      もっとナチュラルで、理由なんてなく、音楽に向かい合ってゆければいいんでしょうけど、音楽に限らず他のことにだって確固たる『理由』を求めてしまう。で、疲れちゃう。他人にも一緒のことを求めてしまう。でも今さら何十年もやってきたやり方を変えることはできない。
      shira-kumoさんの恋愛のたとえ、いいえて妙です。捨てられても、ずっと俺が悪かったんだろうかと自問自答して、ぐるぐる回り続けて、またおんなじタイプの人の所へ走ってるんですよねえ(笑)。全く進歩ねぇな。
      • ulala
      • 2009/02/11 7:58 AM
      吉田拓郎が、最後の全国ツアーをやるそうです。
      しめくくりは、つま恋。

      わたしは行きますよ。
      つま恋ですからね。

      あとは、伊勢正三が「風、ひとり旅」ツアーをやるそうです。
      風のツアーならば、いくしかないですね。

      薬剤師の大久保君が、突然、脳の血管がきれたらしくて
      再結成ができないそうです。
      薬剤師でも脳の血管がきれるんだもんなあ、やっぱ
      医者の不養生みたいなもので、
      医療関係者って、自分の健康については
      ついつい、おろそかにしちゃうのかなあ・・・

      そうそう、私は経理担当で他人の年末調整とかは
      完璧にやるんですが、
      自分のぶんは、やっぱいい加減ですね・・
      • はじめまして
      • 2009/02/14 5:04 PM
      そうなんだ、大久保さんって薬剤師さんだったんですね。
      吉田拓郎も泉谷もみんな60代なんですね。
      上を見ればキリがないし、下を向いても果てがないし、みんな自分の山をえっちらおっちら登ることしかできないんですけどね。
      終わり方を自分で決めようなんておこがましいことなのかも。
      昔の人はいいこと言いました、どうして山に登るのかって、そこに山があるからさ。って。
      • ulala
      • 2009/02/16 7:27 PM
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