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    ネットの河を渡るということ

    • 2008.09.15 Monday
    • 11:21
    顔のない裸体たち (新潮文庫 ひ 18-8)
    顔のない裸体たち (新潮文庫 ひ 18-8)平野 啓一郎

    ネットなしで生きていない人も多いと思う。何とはなしにネットサーフィンして、あの情報を横目で眺め、ケッとつぶやき他のサイトに飛ぶ。
    飛んだ途端にさっきの情報は曖昧になり、数十分後には皆目見当もつかなくなっている。
    だけど、たとえば、ネットなしで暮らす日々が長くなれば、それはそれで生きてもいけるし、そう困りもしないのだと思う。

    昔はなかったはずの物が、ゴーストではなく、クリックで引き寄せられる範囲内に存在する。
    だのにそれはクリックなしでは実は存在しないにも等しい。
    なんか、そういうネット的なものって、今日的である。
    TVの中で見た戦争、映画の中で観た殺戮、膨大なネットの海で再構成され、さらにニューロンで歪曲される映像。それらは私の脳みその中に染み込みつつある。

    それらをわれわれはどう受け止めて、どう自分の中に入れてゆけばいいのだろう。

    平野啓一郎という芥川賞作家がいる。
    自分はよく知らなかったのだが、彼の存在がネットをめぐる論客として最近いやおうなしに視界に入ってくるので名前と顔を知るようになった次第である。
    その彼がネットをめぐる世界と現実の断面を、『決壊』(上・下)という大作で描き出した。
    お盆の頃から読み始めて、うなされたように読み続けて、最後までいたったのだが、
    読後のコンフュージョンに関しては言葉に出きずにいる。
    水面下の魚のように口をパクパクさせて、のどもとをひぃひい言わせて、脳もすっかり酸素欠乏でいるくせに、実は口にすべきコトバがまだないのだ。

    もうじき休刊してしまう月刊PLAYBOY9月号では、池澤夏樹責任編集で、『詩は世界を裸にする』という文学的な特集が組まれている。
    A・ランボー、ギーンズバーグ、金子光晴、中原中也、寺山修司、谷川俊太郎(子供の教科書の冒頭に載ってた。)、
    その他多くの自分の知らない世界の輝かしい詩人たち。

    以下は、谷川俊太郎氏インタビューより
    読んだら忘れないと次が読めない。これは全世界的な先進社会の現象だから。
    特にコンピュータが出来て、記憶容量がものすごいことになっているから、止めようはないだろうという感じですね。
    Q.そういう全体状況の中で谷川さんの戦略というのは?
    別に戦略はないんですけどね(笑)。要するにフローに乗っかってるしかないんじゃないでしょうか。
    (略)反省して立ち止まることもできない、食っていこうと思えば。だからそのフローのなかでたとえその一瞬であれ、あるいは3日であれ、人にある程度何かを提供できるものを作ろうという感じですかね。
    Q.謙虚な。でもそうですね、物書きが「なんとしてもストック」というふうにやると、つぶれるのがオチってことですね。
    だろうと思うなあ。やっぱり自分が満足できるものを書くしかないんですよね。自分が書いてて面白がって、できたらうれしいってことが一番だって気がします。

    このインタビューを何度か読んでいるうちに、
    これは世界とコミットしてゆくってことについて、ある「場」における一つのスタンスを示してくれているのではないだろうか、と、自分は読んだ。
    たしかに、今では、歩き続けてゆくしか、泳ぎ続けてゆくしか、
    あるいは逆に、黙り続けて存在そのものを消してゆくのか、二極化した方法しかないのかもしれない。
    かつてボブ・ディランは長い沈黙を保ち、奇跡のように復活した。だが、オレの沈黙の先にはせいぜい棺桶が横たわっているだけだろう。

    その平野啓一郎氏が、2006年上梓した、『顔のない裸体たち』という中篇を読んだ。
    出会い系サイトで知り合い、自分の女を野外放置プレーとかしたものを写真に撮り、ネットの同好サイトに流す、そんな男と女の物語だ。
    彼らは、Web上ではミッキー&ミッチーで、決してボニー&クライドではない。
    だから彼らはあのシネマのスクリーンのように、誇り高き笑顔で銃弾に倒れたりはしない。
    彼らの破綻はすべてのことが終わった後、いささか滑稽に語られる。しかしながら同様の無数の後継者たちが引き継いでくれるだろう。

    以前(このblogの前に)書いていた『ひまわりバンク』というサイトがあった。
    まだblogは黎明期であり、文章主体のサイトだった(現在閉鎖)。そこのアクセスNo1がまさにそういう日記だった。
    彼女(推定10代後半から20代前半)は、ご主人様に、すごいカッコさせられて、野外でオナニーやフェラさせられたり、スクール水着・首輪でファミレスいったり、スカートのすそを自分の口で咥えたままで注文を言わされたり、その他もろもろの行為と精液にまみれたりして、その時の感想を奴隷として自らの口で語るのであった。

    以下は、『顔のない裸体』女=ミッキーこと<吉田希美子>の引用、
    大人になった<吉田希美子>は、昔勉強していたように日中働き、放課後を過ごしたように仕事を終えた時間を過ごしたが、何となくそれが同じでないことは感じ取っていた。かつて学校で勉強していた彼女は、ひたすら未来の自分に奉仕し、学び、考えたことを何年も後の生活に供給していた。そして放課後は彼女につかの間の現在を与え、両者は交互に並べられて、彼女を時間の流れへと併走させ、前へと押しやっていた。
    それが、今は違う。
    彼女は職場のある学校で、ただその日、その時のためだけに生きていた。
    そして帰宅後も、翌日の「その日、その時」のための準備をしているに過ぎなかった。

    生きていくということ。

    『決壊』のなかで、平野氏は、
    誰もがそうであらねばならないと信じているであろう現代の強迫観念のごときものとしての『幸福』についても言及している。
    そして『悪魔』とは確かに一体誰なのか?
    いい学校に入って、会社を定年まで勤め上げて、還暦を祝っていただき、ローンの返済の終えた家で家庭菜園でもする、
    ・・・なんて人生をいまさら誰もが欲しがったりはしないだろう。
    バブリーな老後のために、善でも悪でもない金をせっせとかすめ、資産を転がして、おねえちゃんとちょっと一泊旅行に行く、なんてぇのもあんまりウエルカムじゃない未来予想図である。

    そのように、モデルのない世の中では、何でも自分で判断して、
    右へ曲がるか左へそれるか、瞬時に決定してゆかねばならない。

    それが100%正しいのかなんて誰にもわからんさ。

    それが自分で満足できるもので、なんか少しの間においてでも、ほんの少しでも、社会と接点があったりすると確かにいいんだろう。

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    • 2014.04.04 Friday
    • 11:21
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      コメント
      平野啓一郎...懐かしくて遠い名前

      十年ほど前でしょうか。彗星のように現れた若い才能に惹かれて読み始めてはみたものの、まるでこちらを試すかのようなカードの連続に苛立ち、次第に足が遠のいていたあの方。

      今や、ネットをめぐる論客となられているのですね。
      彼ならば有り、か。

      「決壊」...書店で何度も見かけていたのに、装丁が彼らしくないので全く気付きませんでした。

      この上下巻を読み切ったの?
      尚も言語化を?     
      凄い...

      ブログを拝読してハラリめくってはみたものの、両刃のナイフをぎゅうっと誰かに握らされている感じで前に進めない。

      若かりし頃、「薔薇の名前」を上下巻一気に読み切って気をよくしていた自分は、本当に初級だったのね...

      うちの長女は全きネットの住人で、魔法のようにパソコンと対話しています。呼吸をするようにブログを更新し、そのために数え切れない写真を撮っています。

      レンズとネットを通してしか観ることをせず、絶望的なくらい本を読みません。

      なのに!文芸部に所属する彼女はパソコンで小説(らしきもの)や漫画(のようなもの)を書き散らし、冊子にして売ったりもしているとは...

      私こそが、「決壊」を読むべきなんでしょうね。

      閑話休題...小中学校時代、夢中になって読みふけっていた詩人のお名前が幾つも目に飛び込んできて、久し振りに自分の本棚を開けました。

      古びた匂いのするハードカバーを開くたび、私の中の何かが剥がれ落ちて、言葉が力を取り戻したかのようでした。

      とても静かな時間をありがとう。

      何だか、文脈と全く無関係なラインに引っかかっちゃってごめんなさい。

      P.S.ここでqtarouクンと再会出来るなんて
      ホントに嬉しい。連休くらいはお休み取れましたか?
      リアルタイム少年のキャッチボールは最高だったよ。
      割り込みしないでおとなしくしてるから、生で魅せてくれないかな〜
      大阪じゃなくて、徳島にしたら?

      で、棘も取れたので、今日の気分はイングリッシュペイシェントです。(相変わらず煽る感じでごめんね)









      • The English Patient
      • 2008/09/16 5:59 PM
      そういえば
      やなせたかしさんが
      詩とメルヘンではなくて
      詩とファンタジーを発行したそうです。

      ご存知かも知れませんが。
      はじめまして。
      ご紹介の本はまだ読んでみていませんが、なんとなくシュールな感じが漂ってきます。
      自分とNetのスタンスについては、世代によってもかなり捕らえ方は違うと思います。私世代は、パーソナルコンピューター前からの付き合いがあって、今に至っているせいか、Netはツールでしかありませんが、昨今の若い世代の方々は、Netと表裏一体で暮らしているように感じてなりません。Netという同じ土俵にいても、見ている方向が、このような点で微妙に違っている事が最近少し分かってきました。リアルで察知できる事は、Netでは行間を読んで話をするということなのでしょうけど、その難しさを痛感しています。

      表題を読んで、一瞬、三途の川とも言えるなどと解釈してしまいました。

      実は、私もブログを運営していて、時々、自分のHNを検索してみる事があります。それで、実はこちら様のエントリーの[料理]のタグにヒットしてしまいました。godmotherです。以前何かのリンクでやはりこちら様にお邪魔した事がありました。何ですか、件のNet Surfingをやってしまったようです。ご縁があるのですね、きっと。

      共鳴するようなものを感じて、コメントさせて頂きました。また、寄らせて頂きます。

      結構膨大なコメントをありがとうございます。これらにどうやってresを返せというのでしょうか(笑)。

      実は、godmotherさんのblogはhatenaにあったときに、拝見させていただいたことがありました。なんて圧倒的な量と、緻密さ、と、ただただため息でしたし、家をしばらく留守にされるときに、お断りの文章まで丁寧にupされており、その几帳面さにも頭が下がりました。
      おとといの夜、実は、酔っ払って欠けて補填してもらった歯がまた欠けて(夜中に焼酎飲んでゴルゴンゾーラピザを喰ってるときでした)、
      ご近所のウルトラ歯科医・西田Drに入れていただいたのですが、
      そのあとで、godmotherさんのblogの印象が残っていたのでしょう、
      スーパーで豚トンカツ肉その他を買い、肉たたきで伸ばし、
      巨大豚肉の野菜巻き・ワインチーズソースを作りました、よ。いんちきして冷凍インゲンとポテトにしたのですが、おいしくいただきました。
      ありがとうございます。

      blogはなんのため、という問いには、この世界に長い人も短い人も必ず引っかかると思います。ネットの世界で息を吸うかのように泳いでいる人さえも。それは何のために生きているのかというのと同質の問いかもしれません。
      考えたから、夢見がよくなるわけでもありませんが、まあそうやってどこかにコミットして時折こうやってhitがあるとうれしいなあというわけです。

      イギリスの方、なんか『決壊』っていう小説はあとから効いてくるブローみたいな感じです。
      はじめましてさん、日野原先生もすごいけど、やなせさんも探究心が枯渇していないのですね。
      小説という形態とまた違った『詩』という形態もこれまた摩訶不思議な存在ではあります。言葉が解体されて残るのはなんか前後をはぎ落として残ったフレーズだったりするし、それに励まされたりする。特に詩や歌詞の世界はそれが顕著であったりする。
      村上龍さんの、人にできることなんて何一つない、ただ自分がきらきらしているのを誰かが見て感じるだけだ・・みたいなフレーズも、
      (歌詞でも詩でもない引用じゃないか!)
      元の意味から独立して自分の中では息づいてしまっているし。
      • ulala
      • 2008/09/18 2:39 PM
      あ、豚肉のスライス改造!厚切り肉でお作りになったのですね。それは、さぞかし豪快な姿でしたでしょうね。プルーンとラクレットチーズをワインで仕上げるソースのですね?参考にして頂けて嬉しいです。料理のブログのつもりが、他に書きたい事だらけで、しかも言い足りないときていますので困りものです。

      ちょっと補足なのですけど、[料理]のタグにヒットしたというのは、ulalaさんの書かれたエントリー内に、私のはてダのURLアドレスが書かれていて、それにヒットしたようでした。ですから、以前ご覧頂いた事は存じていました。
      すみません。言葉が足りませんでした。

      お料理のエントリーも拝見させていただきましたが、ホームパーティーのパフォマーンスが素敵ですし、どのお料理も美味しそうです。ホスト側としては、お客様に喜んで食べてもらえるのが何よりのご馳走ですよね。
      平野啓一郎・・・今発売中のミセスという雑誌で奥さんの有名モデル春香といっしょに沢山ポーズとっていらっしゃいました

      平野啓一郎も、ついつい出ちゃったんですね・・・。
      惚れてるんですね・・。

      村上龍が言ってたんですが、人を高揚させるような幸福にさせる文章をかくよりも、いやな気持にさせる文章を書くほうが簡単だと
      いってました。

      平野啓一郎の本とulalaさんの本があったら
      私ならulalaさんの本を買いますけどね。
      • はじめまして
      • 2008/09/25 5:55 AM
      光栄なコメントありがとうございます。

      今日は例の如く二日酔いのしんどい一日でした。酒を飲んでいる時間はすごく濃密な時間なように思えるのですが、酔っているので何をしゃべったのかはっきり覚えていないので、結局何だったんだ、となり、あれれ、です。
      石田衣良が、自分で書いた原稿読みながら泣いているのをTVで見ました。そんなに自己に感情移入ができるのってすごいなあと思いましたが、よくよく考えれば自分にもそんな側面ってあるんですよね。誰にでもある?

      前も書いたかもしんないけど、でも、人の悪口とかって書いてるとこっちも結局消耗するんだよなあ。

      言った言葉は消えてゆくから、人の悪口を言うのって楽しいのかもしれないけど、こうやって書く作業は自分で推敲しちゃうこともあって、初めは威勢いいけど疲れちゃうんです。

      初期のころはけっこう怒ったりして書いてたような。

      いまでも怒ってるのかな?
      • ulala
      • 2008/09/25 8:25 PM
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