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    あなたに愛をささやくにはまだ遠いおれの「バードランドの子守唄」

    • 2013.12.13 Friday
    • 17:11



     
    崩壊しかけた頭で、伊集院静の「いねむり先生」をkindleにDLする。
     
    阿佐田哲也(=色川武大)さんとの交流を描き、かつ、夏目雅子を白血病でなくした伊集院氏の再生の物語でもあるそうだ
    その中に例の「狂人日記」のフレーズも引用されているというのだ。
    色川武大「狂人日記」をおれは読みきることができるのだろうか?

    たしかに、人は人によってしか救われない、のかもしれない。
    でも、自分を救うのも自分で殺すのも最終的には自分だ。
    自分の中の何かがヒト(他人)を触媒として化学変化を起こすのだろう。
    だからヒトありきの前に、化学変化を起こす自分の側のファクターのほうが、歳をとってくるとより難易度が増すのだと思う。
    歳をとってくると、自分で積み上げてきたしがらみが自分を救い上げている人よりも、潰している人の姿のほうをよく目にする。
    そしてそれは、その人が長い人生の中で自分で築き上げてきたものなので始末におえない。
    それを平たい言葉で言うとその人の「生き様」とかいうのだろうか。

    ブツブツ言ってる暇があるんだったらやれよ、ってことでしょうかね。
    口開けてても、天から金貨は降ってこねえよ。
    まあわかりきった手垢のついた言葉は若造にしか使えないタームなんですけどね。

    ナベサダさんにしても、JUJUさんにしても、音楽に対する「愛」はもちろんだけど、すっごいエネルギーを自分に注ぎ込んでる。
    そんな人達の口から出た言葉たちだから、内容がたとえ一緒だったとしても、僕らの心をあんなにも射るのだろう。

    ただ芸術は残酷なもので、努力したヒトが決して報われるわけではないという、神の残酷さも兼ね備えているのだけれど・・。

    だから、とにかくおれはおれの事で今日も精一杯で、
    時には後ろを振り返るけど、前に広がる荒野を眺めて、ため息をつきはするものの、やっぱり歩く支度を始めるのだろう。
    でも、矛盾はしてないと思うのだけど、
    その自分の人生を取り囲むようにいろんな他者との関係性が存在し
    その密度はどんどん濃密になっており、
    それは自分の人生の濃密さと比例しているのだと信じているのだけれど。

    昨日のSaxのレッスンで「バードランドの子守唄」を吹かせてもらった。
    先日風邪の時に観たアニメ「坂道のアポロン」でも使われていた。
    あの手嶌葵さんが歌われていると知る。
    いい、実にいい。
     
    楽曲には、半音が駆使されており、おれの指は容易に動かない。
    ちくしょおと思いながら、先生と2小節ずつ交互に吹く。もつれる。ぶれる。
    おれのはまだ「バードランドの千鳥足」くらいだな。

    あなたに愛をささやくにはまだ遠いおれの「バードランドの子守唄」・・

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