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    5年ぶりの同窓会に帰る

    • 2013.08.13 Tuesday
    • 06:46
     この週末は、高校と中学校の同窓会でした。

    以前も書いたかもしれないのですが、自分は岡山で高校時代までを過ごしました。
    この狭い街で埋もれたくないなどと不遜にも思い、それでいて何ら努力もしておらず、ただただ自分という人間を過信していだだけの大馬鹿野郎で、
    それなりに世間とかに思い知らされたりもして、それでも親のすねをかじって、2年間浪人して、愛媛大学の医学部に入学しました。
    それからだってヒトサマに自慢できるような人生でもないのですが、何とかやってきて、今日こんにちまで来ました。

    だから、自分の郷里って言うか、「岡山」というところは、
    あんまり眼中に入れたくない、なんかわざと目を背けていたそんな土地でもあったんです。
    そんな感じですから、当然、岡山の同胞たちがどんな暮らしをしているのかもわかりませんでしたし、自ら勝手に敷居を上げてたみたいな感じもあったのかと思います。
    了見の狭い男です、ハイ。
    まあ、生活の場が「愛媛県」であり、そっちの生活がイッパイイッパイだっていうのもあったんですけどね。

    高校の同級生の「池田くん」という立派な男が、「肝臓学会」のついでに武智を愛媛で発掘してくれて(その彼は肝臓内科なのに、なぜか最近、自分の生業である透析の分野にも関わってきているという奇遇があったりもするのですが・・)、
    それが縁で、高校の同窓会にも呼んでいただけて、
    その何十年かぶりの旧友との再会で、
    さらに縁が縁を呼んだりして、
    それをまた昨今のSNS(自分にとっては主にFacebookでしたけど)が後押ししてくれて、
    ・・それからもう5年の月日が流れて、それでまた高校の同窓会になったわけです。

    でも、前回、何十年かぶりに軽口叩いた高校の担任の先生も、定年にやっとなったばかりでこれからのはずだったのに、なぜか亡くなられてたり、
    ほかにも鬼籍に入られた同胞がいたりと、人生の複雑な側面を垣間見るような穏やかでない部分もあったりしたのですが、
    それでも5年ぶりに会ったら、知らない女の子も、合えばその日から友達で、
    (FBのウォールに、武智がまさにそうやって女の子に「知り合ったらその時からもう友だちだからね」と文系の女の子に喋りかけてるお恥ずかしい動画がすでにアップされてました!池田くんたらもう!)
    それはやっぱり、おんなじ時代で、あの空気の下で何年かを一緒に過ごしたというそれだけのことが、
    それだけ以上に今になってフィードバックされてるわけで、
    そういう無形のものがいかに大事で素晴らしいことなのかって、まさにかけがえのない宝物だったんですよ。

    そのことにいまさらのように気付かされて、
    それを気づかせてくれる友だちがいて、今からでも何十年の時を超えて、付き合うことだってそんなに昔ほど難しいわけではない、
    だから、遅すぎることなんてほんとないんですよね。

    5年前のエントリーですが気負ってますねー。そしてその気持はやっぱり5年たったもあんまり変わらんかったようです。

    で、パート2です。翌日の今度は中学校の同窓会。

    自分は、附属小学校からほぼ持ち上がりの感じで、附属中学校というところに入って、だから、小中はずっと一緒だった奴らが多いんですよね。
    そして、その中の1/3くらいが、岡山県立岡山芳泉高等学校という新設校に流れて、だからずっとおんなじといった奴らもいて、
    その関係か、監事の方が気を利かせてくださって、
    高校の同窓会の翌日の昼に、中学校(28期とか言ってたな・・)の同窓会を企画してくれたわけです。

    前日の高校同窓会も、結局4次会までで、解散が朝の5時というハードスケジュール。
    ヘロヘロで、会場にたどり着いたら声完全に枯れてました^^;
    でもこちらはこちらでまさに30年ぶりの邂逅のヒトたち!もうびっくりの連続だわ。

    それでかどうか知りませんが、ハイボール6杯飲んで、
    貸切の素敵なバーで、突然うるうるになって涙が出始めたら止まらない止まらない、
    にじむ涙じゃなくって、あとからあとから溢れ出る涙、
    鼻をしゃくりあげながら、泣いてみんなに抱きついてました。

    あれは一体何だったんだろうね?
    なんか封印してたもんが一気に堰を切って流れだす感じなのかな、まあはた迷惑な男ですよね。

    というわけで、香川済生会病院の偉い先生に駅まで送ってもらって、おみやげの買い物まで付き合ってもらって、
    列車ではひたすら爆睡!
    松山までついて、掃除のおっちゃんに起こしてもらい、慌てて出ようとしてもドアは開かず、
    運転手さんの席からおろしてもらったというていたらくでしたよ。
    これが松山で停まらない列車なら、目が覚めたらもっと南の宇和島とかでしたね。あははは!

    はい、楽しい怒涛の二日間でした。

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    • 2014.04.04 Friday
    • 06:46
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      コメント
      愛されてるね、ulalaさん
      • まゆクー
      • 2013/08/14 11:28 PM
      埋もれたくないってのは、若いときは
      よく思うんでしょうね。

      若いときって、年よりを見下しますからね。

      年取らないと、わかんないこと沢山ありますよね・・
      • はじめまして
      • 2013/08/16 5:36 AM
      はじめましてさん、全くそのとおりだと思います。
      でもやっぱり、昔の「先生」とは距離が近づいてはいきませんでした、単なる隣人としてこれから接することは可能かもしれませんが、「恩師」とか言われてもね〜^^;全く了見の狭い人間です、あいかわらず。
      • ulala
      • 2013/08/16 7:04 AM
      まゆクーさん、全くどうして泣くんかと思うくらい大泣きしちゃいましたよ。お恥ずかしい。でも歳月って言うものは、過ぎてみればあっという間なのかもしれないですけど、どんな人の上にも30年の歳月が降り積もるのには30年の月日を要するってことなんですから、そんなふうに考えるとすごいことですよね。やれやれ、全く、みんなあの日からそんなに生きてきたんだぜ!おい!
      • ulala
      • 2013/08/16 7:06 AM
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