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    2011年末の我が国の慢性透析療法の現況 (「腎臓」2012 Vol.35 No.2(日本腎臓財団))

    • 2013.03.05 Tuesday
    • 17:11
     2011年末の我が国の透析人口は304,592人(+6,604)。
    ここ数年、増加速度は鈍っており、2017-21年に約33-35万人で最大値となり、その後減少に転ずると言われている。

    ここ5年くらいの年間導入数は38,000人とほぼ変化なし。
    2011年1年間に死亡した患者は30,831人でありはじめて3万人を超えた。そして年間死亡数はこの20年間一貫して増加し続けている。
    透析人口における年間粗死亡率はずっとの9.5%から、10.2%とはじめて10%を超えた。

    導入疾患における腎硬化症は(11.7%)ゆるやかに増加している。
    ちなみに糖尿病性腎症44.2%、慢性糸球体腎炎20.4%だ。

    透析形態では昼間透析が83.3%。
    在宅透析は2001年の103人から、2011年327人と3倍以上の増加。
    それに対し腹膜透析は10年で1割の増加。
    夜間透析は2001年18.6%から2011年13.4%と減少。
    HDFは患者調査においてのみの調査だが、全体に占める割合は5-6%程度。

    我が国の過去11年間(1998-2008)では、
    透析回数は96%が週3回、
    1回4時間以上が78%、
    血流200ml/min以上が66%、
    透析液流量は82%が500-600mL/min、
    ダイアライザー膜面積は29%が1.4-1.6m2であり、52%がPS膜である。
    透析条件の中で最も予後と関連するのは透析時間であり、210分未満では、血流小・透析液流量・ダイアライザなどを調整してKt/Vを増加させても予後は改善しない。

    ここからは個人的な意見。

    透析診療所をたちあげて14年間やってきた。今、当院で透析されている患者さんは93-4名といったところだ。
    やはり、CKDの進行を阻止する、新しい検診システム(高血圧、高脂血症、高尿酸血症、尿蛋白、eGFRなどでひっかけてくれる)は今後ある程度有効かと思う。
    しかし、ベースの糖尿病患者の腎症への進展を抑制することが最も重要だろう。
    そしてその役割を担って下さるのはやはり一般内科医の先生なんだと思う。
    この高齢化社会で、導入しても死亡するヒトの割合はどんどん増えてゆく。
    合併症の多い方の割合も。(目も当てられないくらいホントは多いのです。)
    PADとか、脳梗塞とか、心筋梗塞だ。
    でもインターベンションとか早期投薬で、死までは至る例は減ってきている。これは少なくとも医療の勝利だろう。
    でも、死ななければそれでいいというものでもない、透析しながらQOLを維持していきてゆくためにどうしたらいいのか、考えるのはやはり個々の患者さんだろう。
    そんな状況の中で、家庭透析や、夜間透析が、ある一定以上のニーズを占めることはあるのだろうか。

    在宅透析を推進されている酒井瑠美先生は、「ひとりやってみればどうにかなるもんよ」とおっしゃられた。
    いやあ彼女はチャレンジャーすぎる。

    おれは、そういう意味では、患者さん一人ひとりとガチンコ勝負するくらいには向かい合ってないのかもしれない。
    でも、自分たちは、できうる限りの資源と知力と人力の中で、最も良質な透析医療を提供しているつもりだ。

    朝日新聞に谷川俊太郎さんの詩が載っている。
    「今月の詩」の最後を飾る詩だ。

    そのあと

    そのあとがある
    大切なひとを失ったあと
    もうあとはないと思ったあと
    すべて終わったと知ったあとにも
    終わらないそのあとがある

    そのあとは一筋に
    霧の中へ消えている
    そのあとは限りなく
    青くひろがっている

    そのあとがある
    世界に そして
    ひとりひとりの心に

    ありきたりの言葉かもしれないけど、「透析」はけっして終わりなのではないと思う。
    そのあとが必ずあり、ヒトが滅して灰になるまで、この「人生」という道程は続いてゆくのだから。
    そして死んだのちも、きっとどこかに青い空は広がっており、魂は自由に駆け巡ることが可能なのだろう。
    「魂」が実際にあろうがなかろうが、そんなふうに考えて、時には落胆しながらも、時には励まされながらも、
    絶望や自暴自棄だけには取り込まれないように、
    自分だけではなく、
    医療を施す側も施される側も、すべての生きとし生けるものは、みな生きるべきなのだと思う。

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