スポンサーサイト

  • 2014.04.04 Friday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    『明日のコミュニケーション』佐藤尚之

    • 2011.12.17 Saturday
    • 17:08
    評価:
    コメント:I am thinking about positive vibration,oh yeah.

     SNSが生み出す世界を論じた『明日のコミュニケーション』佐藤尚之をようやく読む。

    どちらかと言うと(いや今でもほぼ)匿名性のネットの世界が、すこしずつ変わりつつある。
    mixiは別だけど、今世の中でブレイクしているFacebookは実名制だ。
    しかし実名故に、自分の周りでも躊躇している人も多いし、それを理由に、登録だけしても自らのウォールにはほぼ書き込みをしない人もたくさんいる。
    特に年配者のほうがその傾向は高いように思われる。

    なぜ実名であることが必要なのか?そこまでしてヒトは自らを露出させねばならないのか?見たくもない他人をみっともなく晒すなよ不愉快だ!即刻退場しなさい・・なんて世界なのかネットは?

    サトナオ(佐藤尚之)氏はこう書いている、

    だが、僕は逆に「自分を世の中に広く晒していく」というコミニュケーションが若者を中心に定着すると思っている。 (86ページ)

    もちろんこの「常にソーシャルグラフとつながっている感じ」が嫌な人もいる。特に年長世代はそうだと思う。
    でも、10代20代の若者を見ていると、そのことにまるで違和感を持っていないし、オープンにつながっている状態のほうが自然だと感じている人が多いようだ。
    これは彼らから「隠し事」 「プライベート」という概念を少しずつなくさせていく。もちろん秘密はあるだろう。でも「オープンかつ透明にするのが基本で、ほんの少し隠す」という風に順番が入れ替わるのだと思う。
     「自分のプライバシーは隠すことが基本で、オープンにするのはほんの少し」という年長世代とは大きくスタンスは変わってくる。 (144ページ)

    リアルでの人間関係が持ち込まれることにより、ネット上でも、リアルと同じような「真っ当な行動」が基本となったのである。
    (略)これを「言いたいことが言えなくて窮屈だ」「ネットの(匿名の)良さがなくなる」と解釈する人もいると思う。
    (略)ただ、ネットでの活動が多くなればなるほど、実名であるメリットが匿名であるメリットを上回るのも確か。131ページ)

    自分も悩んで、リアルに近づく設定にした。
    確かにいたずらに自分を晒せというのではない。
    いい気になって新しいガジェットとか使ってると言わんでもいいこと書いたり、余計な写真撮ったりしがちであったりもして、周辺の人に迷惑かけてることだってあったかもしれない。
    何よりも必要以上に饒舌になってしまう。
    でもいくらキーボードを介しているからといって、思っていないことは書けないだろうし、よそ行きのコトバや論説にはいつかぼろが出るもんだ。
    だから稚拙でも、ちょっと歪んでいても、書き続けること、発信し続けることが大事なんだ、そう自分は思う。
    そしてそこに「共感」があれば、それはそれでポジティブネスに転化されていくんだろう。
    だから、自分が自分であるという社会性やバックボーンも晒して臨むコミュニケーションには、意味があるんだと思いたい。

    そう、よく言われるように信用や信頼を築くには時間がかかる。
    時間がかかるということは、その間に色々と見られてしまうということだ。本当の自分がバレてしまう。見えも誇張もその場限りのウソも通用しない。
    だから最初から隠さないことが肝要だ。(221ページ)

    →答えは、あらゆるコミュニケーションにおいて「実名」で生きること、そしてそこで必要なのは「他者」に対する「共感」なのだった。

    甚だ簡単ではありますが、
    この本を読んで、
    ネットの世界でもやはり「実名」であることは今後の自明の理ではないかと自分を納得させることができただけでも、読めてよかったと思います。


    ■おまけ 

    「responsibility」というコトバについて。

    オバマ大統領が掲げた「責任」という言葉、英語ではリスポンシビリティーである。
    日本語の「責任」という言葉からは感じられない独特の含意がある。
    リスポンシビリティーとは、直訳すれば、 respondできるということ、つまり、他者からの求め、訴えに応じる用意があるということである。(53ページ)

    私見だけど、確かに「責任」というコトバは誰か他人や上から与えられたものというような意味が多いように感じる。
    「国家の責任」「男としての責任」「責任をとって辞めます」・・・・・・
    responsibility。
    何か心の奥の声に呼び出されて、突き動かされて、そこに自らの足で出向いて、そこで自分にやれることをやる、
    それが自分を助けてくれて、もしかしたら誰かのちっぽけではあるけど心のともしびになるかもしれない。
    そんな能動的な意味を想起させるコトバ。

    responsibility.

    オバマがイラク戦争の終結をそう言えば宣言した。
    くしくも日本でも、野田首相が、原発事故に関して「事故そのものが収束に至ったと確認された」と宣言したそうだ。
    なんか投げ出したままで終わるような文章になったけど、ここで今の自分としては精一杯だ。 
    I am thinking about positive vibration,oh yeah.

    スポンサーサイト

    • 2014.04.04 Friday
    • 17:08
    • 0
      • -
      • -
      • -
      コメント
      個人情報保護法が施行されたのが2005年、その流れで長者番付も翌年廃止。
      根本的には大多数は隠に向かってるんではないかと思います。
      その一方勤務先やら出身校の表記も出来るfbも一部では人気。fb登録してない人からも簡単に見られるのに危険性を考えないんだろうか?と思いますが、ウォールも装飾するからいいんでしょうね。皆失敗とか生々しいことは書かない。それこそ年収書く欄があればどれだけの人が書くでしょうか?書きますか?

      やる人は楽しめばいいし、やらない人もそれでいい。これだけは大きく変わることなくいくのではないでしょうかね。
      やらない人からしたら、fbもモバゲーで課金してアクセサリーやアイテム買って着飾ってるのと大差ない。
      やってる人からしたら全然違うんでしょうけど。
      あ、反論ではないのでお気を悪くなさらないでください、あくまでも感想。
      • 甘蜜
      • 2011/12/18 12:39 AM
      蜜柑さん、確かにおっしゃるとおりです。

      今まで携帯なしで生きてきたヒトは、携帯もらっても待ち受けに使うくらいだろうし。まあそんなものだとは思います。

      自分を必要以上に晒すことに意味があるのか?と言われると微妙なところです。しかしそれを探してきたヒトに対しては、よりpositiveな関係でありたいと思うのです。

      たしかに世の中から犯罪なくなるわけもないしね。

      昨日の『妖怪人間ベム』で、柄本明が、人間は正義と悪が入り混じってる、わしはそのジ悪の部分を開放してやったまでよ、と、ダースベーダーみたいなこと言ってました。
      • ulala
      • 2011/12/18 10:06 AM

      あたしは 違う自分をわざと作ってみようと 

      mixiを始めたけど・・・ 

      結局、あたしは あたしのままでした。(笑) 

      • かこ
      • 2011/12/18 1:37 PM
      今年、責任という言葉で一番辛酸なめさせられた人は?と聞かれたら、原子力保安院の西山審議官ではないかと私は答える。
      原発事故後、冷静なマスコミ対応で一番分かりやすい説明と言われた彼は、不倫をすっぱ抜かれた週刊誌に「上の肌着を脱ぐとかつらがひっかかってずれるので下だけ脱いでセックスをしている」とままで書かれた。不倫なんかそこらじゅうに転がっているし、あきらかに同世代の平均年収より多く稼いでいる彼がその金で何をやろうと本来は彼の自由・彼の勝手。でも金や女という素材でねたまれて、やっかまれた。
      しばらくは(今も?)色目で見られる生活が続いただろうし、家族不和に至ってなければいいし、彼は「被災者の感情を傷つけた」と責められると同時に彼も相当傷ついたと思う。
      仕事は出来た人でそれゆえ咄嗟の判断で発言できる彼がマスコミ対応も任されたのだろう。
      しかしその行く末は、仕事はまじめにこなしていたけど、そこらじゅうにころがっていて珍しくもないが社会性は認められていない不倫という理由で大臣に怒られ、更迭される珍しい経歴を持ってしまった。
      「上の肌着を脱がずにセックスしている」報道に否定も肯定も出来ない彼だって気の毒だと思う私もきっと社会性からずれた人間でしょう。
      でも記事を書いた人はどんな取材をしてこう飾ったのか?記事を書いた人こそ原発事故を面白おかしく混乱させている悪者ではないか?とさえ思う。記者なんて記事の最後に名前が出るくらいで自分の身の回りのことは書かず、人のことだけ責めている。
      それを考えると、ulalaさんのなるべくリアルに近づく設定、というのはネット界での正義と卑怯のライン上では正義にとても近いと思うし、facebook向きの人だと思う。

      ただ、「不倫は文化」と言った役者もいたが、文化が進み世の中に分かりやすい説明が出来ても、不倫をしていたらいけない(らしい)のだ。
      西山審議官は不倫していたことを奥さんには隠していたかもしれないが、別に世間に対して隠していたつもりはないと思う。悪意で暴かれてそれを責められただけの話。
      これがもし自殺者でも生み出す自体になっていたら流れは変わる。笑い事ではない。震災自殺している人は現実にたくさんいるのだ。
      だから私は西山審議官には頑張って生きてもらいたいと願う。(彼の何も知らないが、不倫報道に関してのみ、に対しての意見)

      SNSの普及で瞬時にいろいろなことが発信されあっという間に蔓延する時代になった。嫌な時代だ。でも、昔より早く多く次々くるようになった情報量のおかげで忘れ去られるのも早くなったような気がする。ネットの世界でいえばYahoo知恵袋を使ったカンニング問題なんかも今年の出来事だったのに、Yahoo知恵袋は何の改善もなされず結局改善を強いられるのは大学側なのだ。
      ハードやSNSと人間の関係は世の中をよくもしているし悪くもしている・・そう思う卑怯者の年の暮れです。
      • 甘蜜
      • 2011/12/19 1:22 PM
      コメントする








          
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック

      PR

      calendar

      S M T W T F S
      1234567
      891011121314
      15161718192021
      22232425262728
      293031    
      << December 2019 >>

      ブクログ

      selected entries

      categories

      archives

      recent comment

      recent trackback

      links

      profile

      search this site.

      others

      mobile

      qrcode

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM