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    cha-cha、享年12歳。

    • 2011.11.25 Friday
    • 12:59
    chacha2

    半年ぶりに来られた患者さんからcha-chaが亡くなったことを知らされる。
    彼は脳梗塞で左半身が不自由なので、いつも電動自動車でやってくる。
    彼のクルマには寄り添うようにcha-chaが乗っていた。

    彼女は、結局12年と半年生きた。
    おとなしい犬=レディだった。

    cha-chaの元気がないので獣医を受診し、レントゲンを撮った。
    心臓と肺炎のクスリを処方されて連れて帰った。
    でも医者はそんな悪いとも何とも言わんかったんよ、心臓の薬は飲み始めたら一生飲まないかんなあとは言ったけど。
    帰ってから薬飲ませたら吐いたんだけど、その夜中、物音にcha-chaが吠えたのを聞いたんでわし安心して寝たんよ。
    でも朝になって行ってみたら冷たくなってた。
    最後は一緒にいてやれんかったのが心残りよね。猫の時は最後まで一緒にいてやれたのに。

    そうですか、じゃあ河原の散歩も今はおひとりなんですか?それはちょっとさびしいですよね。

    なんかね、心にぽっかり穴が開いてね、居場所がないんよ、
    でも、もうあと一回り(12年)は犬を飼うても責任はとれそうもないしね、
    そう、自分の歳を思って、考えて、思いとどまったんよ。
    それでもやっぱり気持ちはおさまらんのよねえ。
    結局、柴犬の女の子を手に入れた。
    やんちゃで、とても電動自動車になんか乗れんのだけどね・・そう語った。

    じゃあ、**さん、その犬の人生全うするまで生きんといかんですね、そりゃあ大仕事ですよ。

    そう自分は言った。

    わしはね、あと2、3年も生きたら十分なんじゃけどね・・。

    今まで当然のようにそこにあったものがある日急になくなってしまう。その喪失を埋めるのは大変なことだ。
    ここでないどこか遠くに行きたい、すべてを忘れて一から出直したい、自分の命を絶ちたい、残されたものはいろんなことを考える。
    でも、『傷』が癒えることなんてないかもしれないけど、『時間』はいつしか柔らかく、残されたものを暖かくk包んでくれるようになる。
    そして、残されたものが逝ってしまったものに思いをはせることができる限り、cha-chaは死んでいないのだと思う。

    最近くどすぎるくらいおんなじようなことを繰り返しているがしょうがない。

    そして、それは自分がどちらかというと『死ぬ』側のフィールドに近付いているということなのかもしれないけど。


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    • 2014.04.04 Friday
    • 12:59
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      コメント
      なみだ涙合掌
      • ti-57
      • 2011/11/25 3:00 PM
      こんばんは。本当にお久しぶりに書き込みをさせて頂きます。

      脳梗塞の方の亡くなったワンちゃんのお話、何とも切なく切ない、悲しいお話ですね。
      患者様の喪失感が大きくて、本当にはかりしれない寂しさ、不安なお気持ちがお言葉の端々にあふれていますね。

      うららさんが、「同じ言葉を繰り返されている」ことに無力感を感じておられるのではないでしょうか。
      思いますに、なんて、申し上げたらいいか、解らないときは、そのように正直なお気持ちを、「なんていったらいいのか…おつらいですね」と、お伝えした方が良いのかもしれませんね。
      私の疾病体験から、そうしたことを言って頂き、少し楽になり癒されたことがあるのです。
      医療従事者は、ある意味、感情労働が主体になることもあります。
      先日、1年生が基礎実習で、「まず、患者様ががんばれるように、良くなることを祈る気持ちが大切」といった学生が居ました。すると、他の学生が「祈っても良くならないと意味がない」といいました。そこから、学生間の話し合いがはじまり、彼らは「祈りがベースになり、良くなるために知識と技術を身につけ方法を提供できることが大切」と答えを出しておりました。いまどきの18、19歳。
      彼らは、多感です。
      実習中、受け持った患者様に何とかしてさし上げたい気持ちを前面に出しながら、自分の無力感を思い知らされます。悔しがり、本気で涙する男子学生もいたり〜、なかなか、迫力があります。
      圧倒的な学習の量に慢性的な疲弊感におそわれることも多いですが、その必要性を学ぶわけです。
      しかし、感じること、悩むことも能力です。
      この患者様とワンちゃんのお話、深いですよ。

      うららさん、この会話を看護学生の講義資料に使わせて頂いてもよろしいでしょうか?
      多くの学びができそうですから。

      cha-cha、きれいな端正なお顔されていますよね。(合掌)
      長々と失礼致しました。
      • みーちゃん
      • 2011/11/27 1:24 AM
      みーちゃんさん、コメントありがとうございます。こちらこそご無沙汰しております。
      まずは、blogというのはこうやって書かれた瞬間から誰のものでもなくなるような気が最近しております。だから書き方には注意しているつもりなんですがなかなかうまくいきません。
      だからコメントとかで下手に注釈つけたりすると、なんか書いた時のことと別のこと言ってたりして、難しいものです。
      (まあその前に小説とかじゃないんで、書く内容がホント足りなくってばかりですみませんなんですが・・)

      cha-chaの話に、何を感じて何を得るかは各人次第なので私から申すことはありません。
      ただ、自分はこの話を聞いて、なんとなく素通りできなかったので、blogにして書き留めさせてもらいました。

      死にそんな意味をつけても死んだものは帰っては来ません。
      だから残されたものの中に『死者が生きていること』それで十分なんだと思います。

      医学とかカウンセリングのコトバでは『受容』といいますよね、相手のありのままをただ受け入れる。そして『共感』する。
      まあ無論そんな大したものが短い外来の時間で完結するなどと不遜なことは思ってはいませんが。

      >しかし、感じること、悩むことも能力です。
      >この患者様とワンちゃんのお話、深いですよ。

      そう言っていただけると正直嬉しいです。だからみーちゃんさんが、もし看護の資料としてお使いになられるのなら、遠慮なくどうぞ。

      ありがとうございます。みーちゃんさんの優しい言葉に感謝です。
      • ulala
      • 2011/11/28 2:20 PM
      ありがとうございます。大変、ご丁寧にご返事下さり、恐縮と同時に嬉しかったです。

      うららさんの思いを、適切に掴みきれていないまま、思うように書いてしまいました。(違ってることがありましたら、ごめんなさい!)
      本当に様々な角度から、多くのことを気づかされましたよ。
      うららさんのお陰です。
      お言葉に甘えて、ちょっと、講義で使わせて頂き、やってみます。

      本日は、桑名正博のライブに参りました。
      岡山のMO:GLAというライブハウスに、友人と一緒に参りました。
      ナマの「月のあかり」を聞きました。
      やるせなく、せつない詩と正博さんの声に
      参りました。
      正博さんもいいけど、やはり甲斐バンドがいいですね。。

      本当にありがとうございました。
      • みーちゃん
      • 2011/11/29 12:43 AM
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