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  • 2014.04.04 Friday

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    今日は『たまごかけごはんの日』ですよ!知ってた?

    • 2013.10.30 Wednesday
    • 18:44

     月に一回の『日赤透析カンファレンス』のあと、和食割烹の『花乃ん』でごちそうを喰う。
    日赤腎臓内科若手をあわせて総勢12名の大所帯だ。

    その中に研修医1年目の男の子がいたので、散会のあと腕を絡めて強引に誘う。
    『花乃ん』を出て、たった数件隣にある『ハノイ・カフェ』に拉致する。

    ここは、最近、街中のビルの高いフロアから移転してきて、それで目についてたまたま入ったのだけれど、なんかお気に入りの感じになってきた。
    2時までやってるしね。
    ベトナムの生ビール飲めるしね。
    なんか、沖縄とか、アジアとか、そんなものには意味もなく惹かれてしまうんですよね。
    韓国料理はちょっと別口だなあ。

    ・・でもまだ一人では、いったことないんだけどね。

    タイガービールのナマを飲みながら、カウンターで語りあう。

    彼は放射線科の診断医になりたいそうだ。
    「始めっから診断医志望っておかしいですかね?」
    「どうして?」
    「いやあ・・」
    なんかみんなに言われてるんだろうな、いろいろと。
    ここでは深くは書かないけど・・。
    (ここからがホントは書きたいとこなのにな)
    でも、悩んで成長するのが若者の特権だからね。

    まあ人にはいろんなタイプがあって、医者にもいろいろある。
    今は、頭の先からおちんちんの先までどっぷり泌尿器科の自分だけど、実は「精神科」志望だった。
    そのことを昨日も言ってみたら、
    「先生は精神科じゃなくってホントよかったと思います」って隣の女医さんに言われた。
    どうゆうこと?・・ま、そういうことだわ。わはは!
    おれもそう思うよ!わはは!
    それからひとりでパイプカットの話で盛り上がったのだけど。
    いやあ、パイプカット、ホントに精子が消失するまで・・スリリングな手術です。

    そんなわけで、二日酔いとのお付き合いの診察室の机の上の『よつばと』カレンダーが、
    今日はたまごかけごはんの日だと教えてくれた。

    う〜っぷ。

    鷲田清一先生というヒト(「道後寄席」第二夜2013/09/14)

    • 2013.09.16 Monday
    • 15:35
     今日も仕事です。
    午後の透析回診終わりました。

    透析糖尿患者のコントロール指標として、昔からHbA1Cでは過小評価と言われてます。
    それでいよいよGA(グリコアルブミン)測定してみたのですが、思ったより悪い人少なくって胸なでおろしてます。
    というわけで、また学会の出した「血液透析患者の糖尿病治療ガイド2012」読みなおしてます。

    それと、最近どこも基幹病院の手術待ちがハンパなくって、紹介しても2ヶ月待ちとかザラなんですよね(どうも県中にダ・ヴィンチが入ったせいだけではなさそうだ!)。
    いや、癌とかの患者さんでもですよ。一体どうなるんだろう、日本の医療・・っていう感じです。
    われわれ開業医の信頼度が低いせいなのか、フリーアクセスに日本人が慣れ過ぎたせいなのか、とにかく大病院も満杯ですよ!
    原発だけじゃなくって、病院やら医者にクレームだけつけてる場合じゃなくって、もっと根源的な医療環境のこともマジ考えんと、救急医療だけじゃなくって、一般医療も撃沈しちゃいますよ。


    先週の「道後寄席」は哲学者の鷲田清一先生でした。
    ヨウジ・ヤマモトを着た哲学者・・ってなんかかっこよすぎることないですか?

    自分は話を聞くのは初めてだったのですが、
    このダウンサイジングの世界では、誰もがリーダーを目指さなくっていい、むしろしんがりにいるものこそ大事なんだと言われていたのが印象的でした。

    大阪の文化はおかみを信じない文化だ、あれが素晴らしかったのに、今の大阪はその心を失っている、それを何とかしなければ・・という話からグローバルに社会を論ずるあのダイナミズム!

    やられました。

    サイン会の間も終始笑みを絶やさず、ひとりひとりのファンに気さくに受け答えしていたのも素敵でした。
    (自分はサインもらうわけではないので、先生の横に立ってやりとりを終始眺めていただけなのですが、それにしてもみなさん熱狂的なファンでしたよ。まるでオレラだけ知らんかったみたいだったです(汗))

    そのあとで「道後やや」さんで遅い夕食をいただいたんですけど、
    出てきた砥部焼のお皿にYehoshuʿa?とか描かれてるじゃないですか!
    オーこれは竹西さんとこの器なんだなあと、なんだか他人事ながらこれまた嬉しかったですよ。
    (と言うか竹西さんは砥部焼の有名人だからなー)


    以下は、今回とは違うけど、2013.6「第8回 親鸞フォーラム」よりの鷲田先生発言の引用-

    『人口減と経済成長の問題について、震災後に、原発輸出、経済成長を口にするのは狂気としか思えない。原発というコントロール不能なものを他国に売りに行くのは信じがたいことだ。
    若い世代は別にして、多くの人は右肩上がりの世界しか知らない。右肩上がりの世界しか知らない世代は将来のことを考えない。今を一生懸命にやるという考え方。
    後の世代のことを考えると、借金をふくらませることは考えられない。将来世代のことを心配しないメンタリティーが今の政治である。
    強いリーダーはいらない。国の発展期には必要だったかもしれないが、人口減、退却戦の時にリーダーはいらない。退却の時の「しんがり」をいかに育てるのかが重要だ。
    リーダーシップがはやる時代、皆がリーダーになりたがる時代はいちばんダメな時代である。しなやかな強い時代は、リーダーもいるが、目に見えない黒子たちが役割を果たす時代である。』

    お暇があればこちらも目を通していただければ、先生のニュアンスが伝わるかと・・。

    壊れたPCの世界にいるのか、壊れたPCの夢を見ている世界にいるのか?

    • 2013.09.12 Thursday
    • 15:18
     誰に聞いても「嘘だろ!」というのだが、depressionの日々なのである。

    シャンパンのゴールドにも、空の蒼にもときめかないのである。

    電子カルテの画面を開き一日をはじめ、そのPCをシャットダウンし、メガネをかけかえて診察室のドアを閉め、鍵をかけて終わる一日。
    そんな日々の繰り返しの中で苛立ちだけが積もってゆく。

    浜田省吾さんは、悲しみが雪のように積もる夜には、と、唄ったが、
    苛立ちはフケよりタチが良くないように思うのでした。

    今日はそんな電子カルテが固まって、
    それでまたよりによって、その時に診察していたのが、ほぼ寝たきりの爺ちゃん患者で、
    それがまたよりによって、タチの良くない疾患を見つけちゃった時で、
    説明やら、入力やら、紹介状やらで、なんか1時間くらいのタイムロスだった。
    幸い半ドンで患者さんも少ないのが救いではあったのだが。

    で、昼から業者の方に来ていただき、あれやこれやとトライしていただき、配線をシンプル化して明日に臨むことになったのだが、
    その間に、スタッフのあれや、スタッフのこれや、スタッフのどれや、
    雨漏りの補修やら、いろんなことが挟み込まれて、
    それらに対して手を打っていると、
    確かに自分は本当にdepressionなのかしらんのタリラリランという気分にはなってくるのでしたが。

    Flickrで昔の写真をさり気なくいじってみたりする。

    まあ、ゾンビがこうやって練り歩く街もあり、
    ハロウインでは、この街だって可愛いうさぎのハニーや魔女が歩いてたり、
    一歩お姉ちゃんの店に入ると、なんだかコスプレもあったりして、
    生きているヒトと死んでるヒトとが入り混じって、それでも進行形の世の中なんだから、なんでもいいんだよな、とか、わけわからんようになって、
    この世界の裏側で、人類を守るために自分を犠牲にして戦っている魔法少女たちがいても全然おかしくないしなー、
    この世界は、巨人に喰われる寸前におれが見た夢の世界だったとしてもそれはそれでしかたのないことだしなー、
    てなことで、いったい自分が何処に浮かんで何処に沈むのかさえわからないのでした。


    IMG_2810 IMG_1937

    (上の写真が六本木あたりで、下はいつぞやの松山のハロウィンの夜のストリートです)

    伊予鉄スタッフの侠気!に乾杯!

    • 2013.09.01 Sunday
    • 14:19
     読売新聞より引用-

    30日午後4時20分頃、松山市内にある伊予鉄道の列車の運行を管理する集中制御装置の近くで落雷があり、装置が働かなくなった。郊外電車全線の上下線21本と市内電車のJR松山駅前―古町間が運休し、約2時間後に復旧。約3500人に影響が出た。

    松山市駅の構内では午後6時頃、帰宅できなくなったサラリーマンや学生らで混雑していた。駅員が「落雷により信号機が故障しています。今しばらくお待ちください」と拡声機で呼びかけ、運行が再開した路線があればホワイトボードに駅員が書き込んでいった。松山市の会社員女性(24)は「いつもは5時半頃の電車に乗っている。何も予定がなかったことが幸い」と話していた。

    松山地方気象台によると、この日は日本海の停滞前線に湿った空気が流れ込み、大気が不安定になった。同市内では午後4時10分頃から15分間、落雷を観測。午後5時までの1時間の雨量は18・5ミリだった。

    道後寄席

    もう一昨日のこと。PM4:20くらいの落雷で、制御盤がやられ、伊予鉄郊外列車が全線不通となった。
    それも知らずに、テケテケと17時過ぎに郡中線・鎌田駅に行くと、ホームの上から男の人が叫んでいる。
    「電車乗られるんですかあ〜復旧の目処は立ってないんですよ」と。
    困ったけどどうにかなるだろうとタクシーにtelするも、19時まで予約でいっぱいです、と。
    そこではじめてどうすりゃいいのどうやって道後いくの?と途方に暮れているところに、妙齢の美女が横断歩道をわたって近づいてくる。
    彼が彼女におんなじこと説明してる。

    「えーっ、どうしよ・・」
    なんでも彼女、17:35の市駅発→高松行のバスに乗らなきゃならないんだ、と。
    ひとしきり部下というか駆けつけた他の伊予鉄の職員と話したあと(鎌田駅は基本的に無人ですから)、
    彼は「自分のクルマで市駅まで送りますよ、でもまにあううかな~」と。
    とにかく便乗してクルマで出発するがなかなか進まない。時間はすでに17:25だ。

    バスが出てしまってからではキャンセル効かないので電話されといたほうが・・」
    電話で売り場の人になんか嫌味言われながらも彼女はなんとかキャンセル(30分前までにしていただかないと困りますだって。だって落雷のせいなのにね)して、
    1時間後の高松便に変更。

    渋滞の中、遅々として進まぬクルマの中で彼がはたと思いつく、
    「あのバスはたしか松山駅に停車するんだった、そっちらなら乗れるかも!」
    松山駅は17:42着、なるほど。市駅に17:35にはいけなくても手前の松山駅ならOKだ!

    彼女またスマホで電話して、なんとか松山駅から乗り込めつことにして、そのまんま松山駅にたどり着く。
    17:37。
    よかった、よかった、なんか3人で、お互いにうるうるしながら別れる。

    自分はその後市駅まで送ってもらいながら彼に話を聞く。
    自分は元々は松山市駅勤務で今日は非番なんですけど、とりあえず行ってみます、だって。
    そう、彼はボランティアで鎌田駅まで来てくれて、それでオレたちを乗っけて、それから自分の職場に行こうというのだ。
    彼女が美女だったにせよ、ヒトはそんな動機じゃそうそう動かない、それも咄嗟に機転を利かせて彼女のバス1時間待ちも防いでくださったんだ!
    ホント世の中って捨てたもんじゃないよな、と、彼にお礼を言って車を降りたあとで、しみじみ反芻したのだった。

    伊予鉄スタッフの侠気!に乾杯!

    てなわけで、市内電車も混乱してて、
    道後寄席をやってる正岡子規記念会館に辿り着いたのは18:20だった。

    矢野誠一さんと館長の天野祐吉さんの話を聴き(途中寝落ちしましたが・・)、
    志の輔の弟子二人である立川志のぽんと、立川志の吉さんの話を聴き終え、
    10年ぶりくらいの「大黒うどん」で、かき揚げぶっかけと美味しい日本酒(松山三井・北条の『讃穀讃水(さんごくさんすい)』)をいただいたのだった。

    志の吉さんはさすが志の輔の一番弟子というだけあって、左甚五郎噺の「ねずみ」もよかった。
    でも弟子だけあって、語り口は師匠に似てるけどまだまだ遠い感じ。
    真打ち目指してがんばってくださいね!

    翌日は午後から「第24回愛媛人工透析研究会」、
    大学の同級生(元(T_T))の佐藤武司先生が幹事だ。なんと市立大洲病院の副院長だそうだ。大出世!
    うちの病院からも2題のエントリー。無事会をおえて、夜の街に繰り出し、ぐちゃぐちゃになって(なったというか自分で好んでしているのだけれど)、解散したのが2時だったとさ。
    おつかれ。

    おれはハーロックでもエメラルダスでもないけれど・・

    • 2013.04.09 Tuesday
    • 17:34
     松本零士さんのあの「キャプテン・ハーロック」がフルCGで映画化されるらしい。
    ハーロックは自分の旗のもとで自分の信念のもとに戦う。
    それは、悔し涙やら、裏切りや、友の死や、頬の傷やら、そんなものを超越してやっとハーロックの中に芽生えたものなんだろう。
    だから、ハーロックは躊躇しない。
    だから、ハーロックは、美しく強い。

    ああ、そんな話じゃなかったんだ。

    harlock

    壊れて一線をリタイヤする人が今の世の中少なからずいる。
    うちの病院だっていろんなヒトが通り過ぎていった。
    何が悪かったんだろう、もしかしておれが悪かったんだろうか、って思うこともある。
    いや、お前らが弱すぎるんだよって思うおれもいる。

    誰かが誰かを断罪することなんてできない。
    誰かが誰かの価値をつけることも。
    評価はあくまで絶対ではなく相対で、それは単に社会上の「表層」概念にとらわれていることが往々だ。

    でもね、後ろに旗が登ってないなら後退するのか、援軍がなければとっととあきらめるのか。
    孤立無援で同士が四面楚歌で勝ち目がないなら、お前はひっそりとその場を去るのか。
    じゃあそんなお前は、誰のために涙を流し、誰のために吠えるんだ?
    俺はこの場を退くとなんてしないよ。
    熱があろうが、インフルエンザに罹患しようが、俺はこの職場に出てきて働き続けるんだ。

    それはでも「覚悟」なんて立派なものじゃない。単なる立場上の問題だ。
    でもその立場は、随分長い年月をかけてだけど、自分の中の「覚悟」も生み出してくれたってこともまんざら嘘じゃあない。

    だけどおれは決して君のことを卑下したりはしていないんだよ。
    君の人生は君のためにあるんだから。
    それを評価するのは君自身で、おれや社会の評価なんて、 てんであてにならないものなんだよ。

    だったら何を信じて生きていったらいいんだい、何の価値観で金を貰うんだい?こんなはした金を?
    君はそう思うかもしれない。
    OK、OK、それでいいんだ。

    でもね、そう思ったら、
    自分の価値は自分で決めたんで問題ないけど、
    周りの景色を、深く大きな息を吸って、ゆっくり見直してみるといい。
    いろんな人がいる。いろんな生き様がある。
    君はどこに向かってどんな風に吹かれようとしているんだい?

    そんな風景の中で、いらいらするだけじゃなくって、
    自分の中に深く沈み込んで、
    深く息を吸い込んで、
    沼の底に眠っている本当の自分を見つけ出すことが出来たら、初めて上を向いて昇ってくるといい。

    おれは待ってるよ。待てるもんならね・・ちょっと自信ないかも。
    絶対正しいことやら、絶対の勝利やら、絶対の正義なんてありゃしないんだ。
    でもね、自分で納得したものだけがきみの、きみの属する世界の色を変えることができる。

    そして、出来れば、それが純白の旗であらんことを。

    開業以来ずっといてくださった婦長さんの退職の日、「西行花伝」を読み始める。

    • 2013.03.01 Friday
    • 18:56
     春は別れの季節だ。

    2月にスタッフが2名やめられた。
    そのうち一人は、開業以来ずっと一緒にやってきた婦長さんで、一応、定年退職という形になる。
    そりゃあ長いこと一緒にやってきたんだから、いいことばっかりではない、山あり谷ありの14年間だった。
    でも、やめられるという話が具体的になってからは、寂しい思いが去来する頻度の方がやはり多かった。

    ご苦労様でした。
    ほんとにいろいろありがとうございました。

    病院を始めたのは自分たちだけど、越し方と行く先を眺めると、もはやこの病院はみんなのものであることに気付かされ、なんか涙腺が自然に緩んでくる。
    (まあそう思えないヒトっていうのはこの「病院」を形作ってるんじゃなくって、病院という場所で、特に自分の目から見ると、単なる「労働者」として存在するヒトでしかなくって、それはそれでいいんだけど・・だってしょせん金の取り持つ縁なのよ♪と憂歌団のブルースみたいに言ったって間違いじゃあないんだから・・・)
    長い時間、一緒に働いて、そこで生じるものっていうのは、
    いわば、長く溜まった澱と、そこから発酵した良質のワインみたいなものでしょうか、例えるとするならば。
    特に古いものたちは、その両者を少なからず兼ね合わわせている。
    いい面もあって、そうでない側面もあって。

    でも、とびっきりの極上ワインだったんだ、婦長さんはね。

    開業医には定年がないんで、いつまでもできるんで羨ましいと思いますよ、なんてぇ言葉を聞く。
    こんなご時世で、そのとおりであることは、なんてありがたいことなんだとも思う。
    でも、自分の人生にある一定のラインを、ある年齢でスパっと引くってことも、潔くって、羨ましいことでもあったりする。
    グジグジやって、自分で自分の評価さえできなくなってるのに、しがみつくのは嫌だしね。
    ラインを引いて、それでまだまだ続くかもしれない長い人生、なにか新しいことを始められたら、それはなおいいことかもしれない。

    そんなふうに見ると、やめられた婦長さん、無茶苦茶元気だ。
    いまどきの60歳ってぇのはそういう年齢なんだ。

    自分も知らぬ間に52歳になった。
    まだまだと思う反面、もうちょっと力抜いてもいいんじゃないのって思う時もある。
    走り続けてきたんだよ。若造どもよ。
    まあどっちもどっちなんで、まあ、日々をいくのみなんだけど。

    道は希求するものには、自ずから与えられるという。
    ほんとだといいな。

    そんなこんなで、いつも迷い続けの「我が人生」なんだけど、年末から心に住み憑いた「西行法師」、
    辻邦生氏のぶっとい文庫本「西行花伝」をようやく読み始めた。
    なぜか一章読んでその途中で爆睡してしまう・・だから遅々として進まない。
    昨日もなんか、寝てしまい、それから妙にくしゃみと鼻汁の連続だった。

    序章での、藤原秋実(あきざね)が、はじめて西行に出会うシーンでのやり取り、こんな言葉が記されていた。

    「どうしてでしょうか。私は正しいことが世に現れてほしいいと思います。仏法とは申しませんが、せめて公正な生き方だけは」
    「この世には人々がいるだけ、それだけ公正な生き方があるのです。すべての人は自分は正しく生きていると思っています。それをどう塩梅し、より広い人達が安堵を得るかが大事です。羅生門に住む鬼どもでさえそう思っているのではないでしょうか。
    (略)
    「でも、そう考えなければならないとしたら、私は何をたよりに生きていったらいいのか分かりません。誰が何をしたって正しいことになるわけですから」
    「その通りです」
    「では、何をしてもよろしいのでしょうか」
    「いいでしょう。ただしその際、正しいことをしていると思ったり、そう言ったりすべきではないでしょうね。むしろそんなものはないと思い定めるべきですから。あなたも何が正しいかで苦しんでおられる。しかしそんなものは初めからないのです。いや、そんなものは棄てたほうがいいのです。正しいことなんかできないと思ったほうがいいかもしれません。そう思い覚ってこの世を見てごらんなさい。花と嵐と光と雲があなたを迎えてくれる。正しいものを求めるから、正しくないものも生れてくる。それをまずお棄てなさい。」

    (辻邦生著「西行花伝」新潮文庫,p36-38より)

    今日から15年目の「武智ひ尿器科・内科」です。

    • 2013.02.01 Friday
    • 15:48

     毎年、おんなじようにシコシコ仕事してると、
    おんなじようにこの日はめぐってくるわけで、2/1は「武智ひ尿器科・内科」の開院記念日です。

    今日から15年目のスタートです。
    はじめた時は多分38歳の若造だった自分が、今は52歳で、
    だからといって老成したという気分もさらさらないし、
    まあ自分だけじゃなくって、今の世の中ってそんな感じで、「老成」を拒む要素が多すぎなんでしょうけど。
    それはいいことでもあり、この社会そのものが、いつまでたっても成熟できない要因のひとつかもしれないんですけど。

    だからね、今の人ってアンチエイジングばっかりに走りがちになっちゃう。
    元気でいつまでも現役プレイヤーでいること、いたいという想いは素晴らしいことです。
    でも人間って、死ぬから生きてるんだよね。
    その有限性を認識した上で、その有限の中に無限を見いだせるともっと強くなれると思うんですけどね。

    まあ、具体に還元してあたりを見回してみると、
    こういった節目だからって、バシッと何かできるといういわけでもないので、日頃から、やれることをやってくだけのことなんですけどね。

    震災から、フクシマから、民主党の大敗から、オスプレイから、いじめから、体罰から、
    世の中混迷極めて、さらに混迷で、ついでに自分も歳をとってきて、ますます他人様のことを考える余裕がなくなってきている感じですね。
    だからって、余裕なく生きていって目先の利潤ばかりを追求したり、上を目指すためになにか大切なモノをスポイルしてもいいのかって、そういうことでもないんですけどね。
    でもそういった奴が「勝者」としてwin!を高らかに宣言したりする世の中であることも否めない。

    うまくいえないけど、自分を愛せないものは、結局他人も愛せないってことなんでしょうか。
    これは自己愛ってことじゃないんですよ、自分の価値は自分で作り、その進化してゆく自分に納得する、そんなイメージですかね。
    みんなの一人ひとりがかけがえのない存在であることは自明の理なのに、それを認めないようなシステムまでもが未だに横行する世の中はたしかにおかしいですよね。
    そんな世の中に仕方ないよねーと思わされてる自分もいたり吸える。
    でも、自分だって、世の中を作っているもののひとりの人間存在であるはずなのに・・。
    無力で声も届かない、でも時としては、こつこつやってると、思わぬ力を発揮できることもあったりするわけで。

    だから、あきらめることだけは、このステージからおりちゃうことだけは、もうしばらくはやめようって思ってるんです。

    だから、自分の後をついてくる若い人たちに実はかまってる暇なんてないんですよ。
    おれは、おれのことで精一杯なんですから。
    いっつも彼らに言ってます。
    自分の脳味噌を使って考えろよ、って。
    そして自分の意志で前に出るってことが、結果はどうであれ一番いい結果につながるんだと思うんですよね。

    ネットにちょっといい言葉がありました。
    これを語っているのが若い人だってい言うのが心強いですね。

    世の中のあらゆることは自身が選択しているという意識を持つべきだと思ってるんですよね。
    「やらされる」っていうのは二十歳まで。自我が芽生えた位から、やらされるって行為は一切ないと思うんですよ。
    「やらされてる」じゃなくて、「やってる」っていう意識を皆持つべきだと思っていて、嫌だって言いつつその仕事を選択しているのであれば、自分の選択なんだから嫌だ嫌だって言わずにやろうよって思っちゃうんですよね。


    年頭所感

    • 2013.01.02 Wednesday
    • 15:15
    rihei

     あけおめで蛇の年が始まる。

    新年になると、去年が過去になるわけだが、さりとてあっさり捨ててしまえるほどのものでもなく、また一日一日の垢が積み重ねられていくだけのこと。
    ・・ではあるが、そうやってたとえ形から入ったとしても、ちょっとでもリセットできるってことはいいことなんじゃないのかな。
    と、毎年いまさらの繰り言を並べ立ててはみるものの、やはり自分も完全リセットしたいなーと勝手なことを思う。

    52歳になってすぐに年が明けた。
    平成25年。

    38歳の開業から背負ってきた重い荷物の半分くらいを下ろした感じが一瞬した年末だった。
    でも、こうして年が明けてみるとなんにも変わってないんだなーとも思ったり。
    とにかく、歳を取れば取るほど、なんだかモチベーション保ち続けることが非常に困難だなーと感じるのは紛れも無い事実。 

    自分なりにいろいろトライしてみているのだが、
    当の本人が、そんな事どうでもいいんだよとか投げやりにもなってみたり、いや、そうじゃないんだよおれにはあとがないからこのまま走り続けるのさ、と、がむしゃらになったり、
    まあ、そんなこんなだ。

    こうやって偏屈爺は生まれていくんだろう。 

    透析の回診中に、今年は「怒る」度合い減らそうかな・・と呟いてみるが、
    「よくよく考えると、おれを怒らせんようにするのはお前らの努力次第じゃないんか」とかスタッフに逆ギレしたりして、まったく進歩のないおっさんだわ。
    自分にとっては感情を殺すのも辛いけど、相手にとっては生の感情をそのままグワシとぶつけられるんだからたまったもんじゃないんよね。
    でも時間はないのでその場でかたつけとかんと、学習(能力)せんしなあ。
    なんで怒られたのかわからんのではそこに成長も反省もないしなあ。
    それと直接関係はないかもしれんしあるかもしれんしだが、若い奴らと何かを共有することがますます難しく、おれは絶対聖人君子にはなれんよなーとちょっとブルーになってもみたり。
    おれの背中を見てくれよ、と言って振り向いたら、もうみんな笑ってどっか遠くで談笑してました(茫然自失)みたいなことだってあるし。

    ホントはそう捨てたことばかりもない。

    わかってるよ。みんなでこの病院を作ってるんだ。わかってるよ。オレ一人ではどうにもならないことだってね。
    未来の少ない自分と違って、若い奴らには若い奴らのスピードだってあるのを。雪の中から芽吹くものだってあるのも。

    スッタッフの一人ひとりがこの病院の宝なんだ。そんなことだってわかっちゃいるけど、ね。

    患者さんが、駐車場の脇に「皇帝ダリア」を植えて下さった。その中の一本が花をつける。
    彼が写真を送ってくれた。
    うれしい。

    昨日はにごり酒一本飲んで撃沈しちまったけど、まあそんなわけで、今年もボチボチで、でもフルスロットルでいきまっか!

    なんかうじうじモードの謹賀新年ですが、よろしく。

    あなたに今夜はワインをふりかけ(病院忘年会2012)

    • 2012.11.25 Sunday
    • 11:09
    bounenkai2012 
    昨日は病院の忘年会だった。

    朝生田の結婚式場Perla。洒落た式場を貸切にしていただく。
    総勢70名。料理も美味しかったし、スタッフのサービスがとっても心がこもっていて心地よかった。
    自分は糖質制限ダイエットなので、
    ピザも喰ったしドリアも喰ったけど、せめて飲み物は炭水化物レスと、乾杯のビール以外、ずっとハイボールを飲み続けていた。
    ハイボールって、虚飾がなくって実に凛とした飲み物なんだなーと最近気づいたのだったりもする。

    まあそんなこんなでいつものごとく酔いが回って頭も廻ってだ。

    で、街に繰り出していつもの「ぞーな」。
    こっちもほぼ貸切状態。

    生きてゆくことはできる、知らなかったですませることもできる。
    知ろうと手を伸ばしても届かない思いなんて幾星霜も転がっている。
    慚愧の涙。寂寞の念。無知の遠吠え。
    おれは誰かのために何かをしてあげられるのか。
    ほんのちっぽけな力しか持てないこのおれに。
    でも知ろうとする、わかろうとする、伸ばされて宇宙をかすめもしない手。
    おれはもっともっと強くなりたい、強くなった上で驕りなく他者と得たものを分かち合えたらいいな。
    そんなことをべらべら喋りながら思っていた。
    言葉は無力かもしれない、それでもこうやって誰かと共に時間を過ごすことは決して無駄じゃないと思う。
    でもその一方で、頭の片隅に強烈に醒めた部分があって、
    他者とわかりあえないことのしかたなさをも確認している自分もいたりする。
    仕方ない、どうしようもないからまた始めるしかないんだなってことはわかるけど、もう何遍こんなことを繰り返してきたろう。
    死ぬまでく繰り返すんだよな。
    ああ、街にアルコールを注いで燃やしてしまいたい、そんな夜だ。

    ジュリー(沢田研二)の歌にあったよね。

    ♪あなたに今夜はワインをふりかけ 心まで酔わせたい 酔わせたい・・
    ♪何か悪いことでもしている顔して 愛してはいけない・・
    そうだ、そのとおりなんだ。

    愛せるのか?おまえは?その愛を全うできるのか?

    そういえば、新しく入られた職員に「ゲロと救急車以外は全部OK」と告げたら、彼女、スピーチでそのまんま喋りやがったよ^^;
    この会場、友人の「にしだわたる糖尿病内科」の奥様がオーナーで、Perlaの横に彼のクリニックがあるという造り。
    まあおしゃれな病院だことで〜。


    今日は朝から緊急透析。なんでやねん。
    heyドクター、あんたもそれなりに頑張ってんじゃん! 

    コヌカフルアメノゴトク・・・

    • 2012.10.03 Wednesday
    • 20:02
     I have to run,
    I have to run,
    Run and run,until the end of this world.

    Someone says,you are enough for running your clinic,you staffs and your patients.
    And you help many peoples.That's enough.

    Why do you wants more?

    But,I feel,
    My arms are  always melting down between death and live.
    Darkness is always with me behind shining of lifeness.

    So I have to run,run and run until my end.

    ヒトの死を避けては通れない。
    そして、その瞬間にいつも感じるある種の解放感と一抹の後ろめたさ。
    それらは表裏一体でオレの身体やら心から離れないばかりか、今やオレそのものを侵食し尽くしている。
    生の世界と死の世界を行き来する。
    そちらの世界に必要以上に入ってしまって、かろうじて戻ってきたこともあった。
    最初は悪意もなく、むしろ正しい心で、手首から先を闇の側に差し込み、そこから何かを掴んで、引き上げようとしたりもしたんだ。
    でもその手はだんだんドス黒くなってゆき、今では手首の先に触れているものがなんなのかさえわかっちゃいない時だってあるんだ。
    いくら洗ってもオチない血の匂いが、手首だけじゃなくって、もはや全身に染み付いている。
    それでも今日も、オレは闇に手を入れ、黄金を掴まなくっても、その先から何かを引っ張りだそうとする。
    ああ、うまく言えないや・・
    だから、だけど、Baby、オレは、今日も走り続けなくっちゃいけないんだよ。
    ああ、スプリングスティーンも唄ってたよね、死の罠を超えてそこに行くんだ、おれたち走り続けるために生まれてきたんだよ(baby we are born to run)って。

    (まあこの英語が正しいかどうかは別ですけどね・・そして写真はまたまたpirokichiさんのもの!thanks!)

    pirokichi20121003

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