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  • 2014.04.04 Friday

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    新しいblogのことなど・・

    • 2014.04.04 Friday
    • 13:21
     この「おちんちん」blog、なんかぷつんと切れてもう1ヶ月以上になっちゃいました。

    なんというのかな、こちらのblogって、
    エントリーを構築して構成していくのに、妙に時間がかかっちゃうようになってしまったんですよね。
    おいおい、そんな大したこと書いてるわけでもないだろうが、と思われるでしょうし、まさにそのとおりなんですけど、ネタを寝かせてるうちに興味が移ったり、なんか勢いが削がれたりで、
    特に旅行シリーズとか、再構成しているうちに月日が過ぎて萎んでいってしまったな、ってものも多々あります。

    即物的なFacebookとかも楽しいんですけど、なんて言うのかな、えらそうな描き方すると、垂れ流しも垂れ流しで疲れるんですよね。
    だから、垂れ流しと、もう少し長いものの真ん中を取って、
    まあ「live」の速度に近い感じで書いていけたらもっと気が楽でいいのかなとか思ったんですよね。

    まあ多分に考え過ぎの嫌いもあるんですが、それは性格だから仕方ないですうよね。

    ちょうどいろんな個人的な変化もありましたし。

    それでたまたまですけど、
    昔ちょっと書きかけた「はてなblog」にいったら、いまは「はてなdiary」なるものに進化してて、それでそっちでとりあえず書いてみるべえということになったんです。
    まあ、なんかそしたらね、加速度ついちゃって、一ヶ月経ったとそういうわけなんです。

    こちらのほうがメインになるのかどうかわかりませんが、
    とりあえず、この「おちんちん」blogを見てくださってご愛顧いただいた皆さんがいらっしゃるとしたら、
    新しい方にもお越しいただけたら幸いかなと思いますよ。
    紹介が遅くなりましたけど。

    自分の中でもただただ、書き殴るように言葉にしようってその意志だけなんですよ。

    こちらは一応有料プランにしていたんですけど、そんな理由で5/1から無料プランに戻ります。
    まあ、広告が出るくらいで見た目は変わらないと思いますんで。

    暫定的に「after 3.15,ulala says;」ってタイトルにしてますが、これも流動的なものです。

    そんなこんなでいい日曜日ですかね

    • 2014.02.02 Sunday
    • 14:09

    おそようございます。もう昼過ぎちゃいました。
    やっぱり今日は二日酔いでそれでも何とか体を立て直して歩いてきました。3.96キロメーター。

    今日は起きても家の中には誰もいないわけで、そして人の不在というものはかえってその人の存在を際立つさせてくれるということが、こんな日にはよくわかります。誰もいないテーブルで不在の椅子と向かい合っていると特に。

    犬たちは吠え、散歩ささせて飯をやって、頼まれた花の水やりをして、そのうちなぜか頭の中が、天丼モードになってきました。
    東京で食べたかき揚げ丼のことなんかを思い出したりして。それでウォーキングの帰りに生協で天ぷら盛り合わせセット買ってきて小細工して、にわか昼天丼ランチにしてみました。天つゆ作っていただきました。結構いけましたよ。

    昨日が病院の15周年だったんですけど、たくさんの胡蝶蘭をいただきました。ありがとうございます。 単なる15年目の一日目が始まっているというだけのことで、自分としてはそんなに深い感慨もなかったんですけど、みんながお祝いしてくださるとなんだかうるうるしてきますよね。人間なんて単純な生き物です。一人で生きてなんかいやしないのにね。
    夜にはソウルブラザーズのY中くんが祝ってくれたりして、いつものはちゃめちゃだけど楽しい飲み会になりましたよ。おっさん2人の夜に乾杯。
    サプライズで「ぞーな」R店長が、バラの花とモエ・エ・シャンドンをサラエボまで持ってきてくれたりしてほんとに面白楽しい夜でしたよ。その頃には酔っ払ってほぼべろべろで全滅寸前でありましたけど。そしてそのあとでのりやんとY中くんで、一弦の切れたギターをかき鳴らして拓郎とか歌いましたけど・・定かでは無い。
    ああ、玉置浩二って男がいますけど、あの人なんだかやだカッコイイですよね。男として憧れます。関係ないけど。

    先週は東京にいたんだなあ、やっぱり二日酔いで目を覚ましたんだよなあ、窓の外には東京タワーがあったんだよなー、とか、まあ力も抜け気味で、そんなこんなでいい日曜日ですかね。
     

    天国東京DAY(S)

    • 2014.01.30 Thursday
    • 16:25
    うたかたの泡のごとく、日々は、勢いつけたかと思いつまたしぼんでゆく。

    うたかたの泡の如き東京DAYS。
    永遠につづくかと思った休日は1日で終り、また日常に帰還してきた。
    それでいいのだとと思いつつも後ろ髪を引かれたりもしている。

    銀座の老舗ビヤホール「ライオン」で昼間っからおっさん二人、ゆっくりした時間軸で杯を重ねる。
    外は晴れやかな銀座のホコテンなのに、店の中は薄暗く、そこでは別の時間が流れてゆく。
    会話が途切れ、二人の間に、なんていうのかな、生きてきた時間分だけの「澱」のような何かが流れるのが見える。そしてそれは決して悪いことではない。

    こうやって生きてきたことがすべて「死」で消えるのは怖いという人がいて、
    人生の「営為」が、生きながら死ぬことで「無為」に帰すのが怖いという人がいて、
    もしかしたら二人は一緒のことを違う見方で言ってるだけなのかもしれませんよね。

    杯を重ね、肉を喰らい、ビールはもういいやと、ウーロンハイを飲み続ける。
    12時過ぎにはいった我々の周りも、やがて人であふれる。
    ひとり、カップル、家族、外人、なんてステキな都会の昼下がり。
    ここではみんなが各々の時間を持ち寄って過ごすのだ。

    そして、ふらふら歩いて辿り着いたのが、アメリカンなウエイトレスさんたちの待ち構えている「フーターズ銀座」。
    慣れるまでしばしの時間を要するが、なんて言うのかな、オレンジ基調の女の子たちが日常的に動きまわってる店内は、日曜のせいかフラのショーも行われ、アメリカンサイズのカクテルでめまいのような酔いのような、ろれつの回らない舌がさらにもつれて、おっさんは、本気で四国の田舎に「フーターズ」を誘致する方法をひねったりするのだった。

    tokyodays

    でも始まったものにはすべからく終りがあるように、
    そんな天国東京DAYSは終わりを告げ、
    自分はタクシーに乗り込み、大都会を後にする。

    死んでしまったルー・リードの「ワイルドサイドを歩け」とそっくりな甲斐バンドの「新宿」を思い出しながら湾岸に屹立した建築中のマンションを眺めたりしながら。
    「オリンピックのせいで、こんな辺鄙な土地のマンションでも1億超えるって話ですよ」

    これまた甲斐よしひろが若い頃に書いた「東京の一夜」という曲、
    ♬東京の一夜はこの街で暮らす一年のよう
    ♬東京の一夜はあなたの顔から微笑みさえ消してしまう・・
    なんてえのをこれ見よがしに思い出したりして、いじましいね。おいら。
     
     

    またまた東京の二日酔いの朝(禁酒10日間が終了しました)

    • 2014.01.26 Sunday
    • 10:35
    おはよう!

    昨日はtakechiの学会上京にかこつけた、中学校・高校の同窓会を開いてもらいました。なんと 20人位集まってくれました。感激??
    あんまり話してない人もいるけど、初めて会った人もいたりした。

    他の人も挨拶で言ってたけど、みんな同い年で、どこにいても、岡山の空の下で生きてた過去には変わりは無いってことで、すぐに打ち解けるわけであります。歳取るって面白いよね。

    銀座の居酒屋だったけど、銀座って言ってもやっぱり居酒屋は居酒屋ですね。東京だって地方都市の2倍物価が高いわけじゃないもんね。鍋料理だったけどやたら肉は多かったですね。

    逆セクハラで、いかにして高校1年の時に彼女に振られたかという話をまた繰り返したわけでありますけど、当事者は笑って聞いていてくれましたよ。
    2次会が終わって、綱嶋君と2人フラフラさまよって、地下の居酒屋に行って一杯飲んで、タクシーで帰った。
    とにかく楽しい夜だったです。みんなありがとう。

    そういうわけで10日間の禁酒は無事終了しました。

    飲んでみれば何も変わらぬ二日酔いの朝であります。ただ今回のプチ禁酒で分かったことといえば、お酒を抜いてもそんなに体は軽くなるわけではないということ、でも自分の意思で何かをするということはやっぱりどんなに歳取っても大事なんだ、と、当たり前のようなことを思いました。
    あれだけやめることのできなかった睡眠薬を止めた時も(一切飲んでいません)、ちょっと自分、やればできるじゃんとか思いましたけど、まぁお酒は完全にやめようとは思いませんけど、外で飲む時は別にして、ある程度セーブできたらそれもよろしいんじゃないかなっていうふうに思います。
    偉そうに書いてますけど、できる確率は、やっぱり低いかも(^_^;)

    パークタワーホテルというところに宿を取ってもらっているんですけど、このホテルはWi-Fiも完備しており、自宅から持ってきたiPadとiPhoneがあれば、いつもと変わらぬ環境で、東京にいても松山にいてもって、なんだか妙な感じです。

    ただ窓の外には東京タワーが見えているのがおかしいと言えばおかしいのですが… 。



    きみは「トランジスタラジオ」を聴いたかい?

    • 2014.01.08 Wednesday
    • 19:03
    学校の「教科書」たちが教えてくれたこと・・の続き。

    みんな、忌野清志郎って知ってるかい?
    20世紀の偉大なシンガーにして魂の伝道者のあのキヨシだぜ。
    ・・ってチャボが言ったかどうかは別として、今でもキヨシローはあっちの世界でもビンビンに盛り上がってることだろう。

    もしかしたら、ジョン・レノンと、「イマジン」とかを英語と日本語でセッションしてたりするかも!
    「レノンくん、キミもなかなかやるじゃないか、わっはっはぁ」とか肩叩いたりしてね。

    彼の作った「トランジスタ・ラジオ」って曲は、ご存じの方も多々いらっしゃると思うがこんな光景を唄った歌だ。

    屋上から見上げる空はいつもにもまして青い。
    今頃、彼女は教室で教科書ひろげてるんだろうな。
    おれの席は、ラッキーなのか残念なのか、空っぽが居座ってるよ。
    だっておいらは屋上に寝っ転がって、青い空に昇ってく煙草の煙眺めながら、世界中のラブソング聴いてるんだ。
    このちっぽけなトランジス・タラジオが、おれをどこにでも連れてってくれる。
    このちっぽけな田舎の町からリバプールの空までひとっ飛びさ。
    ごきげんなナンバーがおれを解放してくれるんだ。

    自分は、国立の忌野くんみたいに、授業をサボるほどタフではなかったので、
    教室で教科書広げながら夢想するのが関の山だったけど、
    それでも、教科書の中の、「金子光晴」や「中原中也」は、自分を遥か彼方の世界まで導いてくれた。

    友達の中には、高校一年の時の田宮虎彦の小説に惹かれて、実際の「足摺岬」にまで足を運んだというやつもいた。
    青年の絶望的な世界にはまり込んでしまい、足摺岬に行かずにはおれなくなりました・・と彼は書いていたけど、その気持がよく分かる。
    みんな、多感な時代を、おんなじ田舎の空気吸いながら、別のこと考えてるようで、実はおんなじようなこと感じながら、生きてたんだよ。
    (今になったらよくわかるよ、T島くん!)

    あの頃に青春を送った人間はみんなラジオだった。
    それは共有可能な世界で、だからキヨシローの歌は今でもこんなに繰り返し繰り返し胸を射つんだろうし、
    すぐにぼくらをあの時の空気の下に連れて行ってくれるんだろう。

    もう一つの共通項の話も。

    例えば、高校の時は、自転車が唯一のビークルだった。

    自転車で30分以上かけて、3年間よくも律儀に田舎の高校に通ったものだ。
    雨の日も風の日も、途中でパンクした日も。
    梅雨明けの田んぼの横のアスファルトでは、カエルが潰れて死んで、すでに干からびはじめてた。
    (今はもうこの世にいない)彼女が、凍りついた橋の上でスリップして転んで、白いパンティが見えて、それがなんだかやたら気恥ずかしかった。
    あの清輝橋の光景も、昨日のように蘇る。

    とにかく自転車さえあれば世界のどこだってイケルと思ってたんだ

    これまた別の友だちが言ってた。
    サドルの上で考えるんだ、って。
    その言葉は自転車乗りならなんとなくj共有できるんじゃないか?
    そしておれたち、あの頃みんな自転車にまたがって、(想像の中の)世界中を移動してたじゃないか、って。

    時代ってやつのことをどうしようもなく意識できるようになることを、
    「そりゃ、お前がじじいになったせいだ」と、せせら笑ってもいいよ。
    そのとおりなんだから。

    でも、俺たちは、いつだってあの頃に帰れるし、
    その頃から遥か離れた今になってやっと、
    失ってきたものの胡散臭さや、逆に失ったものの重さだって、少しはわかったようになって、こうやって口にすることができるようになった。
     
    わかった上で、
    わかった上で、腹をくくって、
    今こうして、ここにとどまって、
    それでもちょっとでも前に漕ぎ出したいとかろうじて思えるのは、

    ガキの頃の、教室の空気や教科書の匂いとか、
    あの娘のスカートのおしりのテカテカさと、スカートの皺からちょこんと出たツルンとした膝小僧とか、
    先生の投げるチョークとか、
    そんなものの共有してきて、それらの持つ意味を理解できるからなんだってこと。

    わかったよ。

    全部今につながってるんだってこと。
    だからおれもキミも、あの時代をくぐってきたものみんなが友だちになれるはずなんだよ
     

    「ヤマト2199」の続きと、学校の「教科書」たちが教えてくれたこと。

    • 2014.01.06 Monday
    • 18:47
     「ヤマト2199」の続き。

    真田副艦長という、感情を表面に出さない男がいる。
    「エイリアン」のビショップよろしく、前作の時には、彼はサイボーグではないかなどと揶揄されたこともあった。

    今作では、心情を吐露する、ひとのええおっちゃん面も見せてくれたりしている。
    彼が、古代進の兄、古代守と親友であったという事実が吐露されて、
    元々は研究畑の人間であったというエピソードも挿入される。

    その真田さんが、古代守からもらった一冊の詩集はなんと「中原中也詩集」だったという!

    ヤマトの中で、中也の「汚れちまった悲しみに」を聞けるとは思わんよね~。

    この詩はかつての真田さんの感情の表出の手段として使われてるんだけど、なんかこういうレトロ演出っていいよねえ。

    yamato2199-2

    これからは自分の話になるのだが、
    いろんな芸術や文学を、最初に教えてくれたのは教科書たちだった。
    中原中也も、金子光晴も、シャガールも。

    授業時間の有用な話も聞かずに、教科書の後ろの方に載ってた「くらげの唄」の世界に飛翔して、
    自分もゆられゆられてなんだか金子光晴の描くくらげみたいに透明な存在になった気がしたりしたんだ。
    ちっぽけな世界に生きてる自分の中にも、グローバルな世界が広がってるんじゃないかって夢想したりした。

    心なんてきたらなしいものは/あるもんかい。いまごろまで。
    はらわたものとも/波がさらっていった。

    僕?僕とはね、/からっぽのことなのさ。
    からっぽが波にゆられ、/また、波にゆりかえされ。 (くらげの唄 より by金子光晴)


    そんな唄たちにゆられゆられて、授業なんてものを超えて、僕は授業中に魂を飛ばした。

    シャガールの青とか、中也の「骨の歌」とか、例えばたけしの「キタノブルー」だって、今では十分自分のスタンダードになっている。

    完全に新しいものは降臨しないかもしらんけど、
    古い革衣に新しい酒を盛って、どんどん飲み干したいと思うよ、個人的には。

    そんな中原中也を引用して終わりにするとしよう。
    正月明けの、月曜の外来で、もう脳細胞はずいぶん破壊されたことだし・・。

    汚れっちまった悲しみに
    今日も小雪の降りかかる
    汚れっちまった悲しみに
    今日も風さえ吹きすぎる

    汚れっちまった悲しみは
    たとえば狐の革裘(かわごろも)
    汚れっちまった悲しみは
    小雪のかかってちぢこまる

    汚れっちまった悲しみは
    なにのぞむなくねがうなく
    汚れっちまった悲しみは
    懈怠(けだい)のうちに死を夢む

    汚れっちまった悲しみに
    いたいたしくも怖気(おじけ)づき
    汚れっちまった悲しみに
    なすところもなく日は暮れる…… (by中原中也)

    中原中也の「骨」のこと書いた昔のブログがあった。

    2014年の言葉

    • 2014.01.03 Friday
    • 15:56
     今年の正月はもう終わった。本日より仕事開始。

    病院の勝手口には、患者さんが作ってわざわざ持ってきてくださった花の鉢が。
    なんてステキな演出!

    大晦日は赤ワインひとりで開けて、早々にお休み。
    紅白に出る(なんと初出場だそうな!)泉谷のおっさん気になったんだけど、彼が出てくるのはずいぶん遅い時間なので諦める。

    人生諦めることも肝心だと、最近思わされることも多くなった。
    そして諦めるのは決して悪いことでもないということも。

    元旦は、家人がまるまる一日費やして作ってくれたおせちを食す。
    美味い。ビールと日本酒も。

    昼から自転車で、伊予市の五色浜まで往復。20.45km。
    R56を南下していったのだが、郊外型ショッピングセンター「エミフル」へと、クルマは長蛇の列。
    初売りが1月1日の9時からだなんて、正月ももう誰かの陰謀なんじゃないのかとさえ思う。
    マーケッティング戦略のただの一角ではないのかと。
    慌ただしく動いて、むさぼるように喰って、享楽に溺れて、排泄して、豚のように鼾をかいて眠り、一日分ずつ死に向かってゆく。
    こりゃちょっと大げさな表現だけどね。
    もっとも、なにもしないことの心地よさをなかなか享受できない自分もいるわけで、こうやってせわしく自転車を走らせているのだけれど。

    帰りに寄り道して、いつものご近所の玉生神社で自転車押して初詣。
    いつものお地蔵も赤いよだれかけして鎮座してたよ。
    よう、ミスター、一年ぶりだね。

    まあそうやって年は明けて、オレもまた新しい一年を漕ぎ始めましたってことで、

    今年の言葉というのを考えていて、

    Life is a box with pleasure and treasure,
    but sometimes with loneliness and toughness.

    ってなりました(この中学生みたいな英語が正しいのかどうかは不明ですが・・)。

    人生ってね、気がついてみるとね、いろんなところに歓びがある宝箱みたいなもんだよね。
    自分がこのことに気づきさえすれば、いたるところにハッピーが転がってるんだって思うよ
    でもね、時には一人になって考えることも必要なんだと思うんだ。
    目を閉じて、心を研ぎ澄ませてね、風の声を聴く時だって要る。
    時にはタフにならなきゃならんことだってある、
    人生やワインとパンとおねえちゃんだけで出来てるわけじゃないからね。
    たとえ自分の力が及ばないとしても、
    なんとかこれらのハードな状況を、自分の力でもって精一杯アタックすること、そいつが一番重要なんだろう。
    そうすれば、きっともっと自分のこと好きになれると思うんだよ、そしてあんたのこともね。

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    宮島at2013/12/22

    • 2013.12.31 Tuesday
    • 16:52


    宮島には、「グランドプリンスホテル宮島」の桟橋から、高速艇で上陸した。
     
    上陸して、海を見やると、広島側から入港してくるフェリーには、まるで難民船のように多くの人たちが積み込まれているではないか!
    いまさらのようだが、宮島やら平和公園というのは世界遺産なんだ。

    びっくり!

    港で「平清盛コース」(90分・500円)というのを見つけ、そうだこれが「平家納経」の厳島神社なんだと申し込む。
    丁寧に話していただける女の方のガイドで、13人のにわかグループは歩き始める。

    幼い安徳天皇を抱いて海に飛び込んだ時子(深キョンきれいだったなー)が流れ着いたとされる尼の州の「二位殿燈籠」、

    その横には武士の格好して写真撮ってくれるという軍団が立ってるのでパチリ、

    そしていよいよの厳島神社と大鳥居、

    ちょっと離れた清盛神社で解散。

    その横の浜ではこのクソ寒いのにシーカヤックの準備が。
    何でも満潮時には大鳥居の真ん中をくぐれるんだとか。そんなこと世界遺産でしていいんかなあ?

    NHK「平清盛」の「平家納経」の回では、
    大荒れの海を厳島に向かって進む平家一行が描かれていた。
    海は大荒れ、雷鳴がとどろく。
    すべては讃岐に流された崇徳上皇(井浦新さんの熱演だった)の呪詛のなせる技なのか、
    そして、般若になった崇徳上皇が穏やかな顔つきに戻って息絶えたとき、海は一点のくもりもなくなり、清盛一行も無事に厳島神社にたどり着き、納経を終えることが出来たのだった。 

    ・・という、その、「厳島神社」だよな〜!

    で、あなごめし。

    あなごめしといえば、宮島口の「うえの」が有名みたいなんだけど、
    宮島で喰おうということになって商店街から離れてるのに名店と言われる「ふじたや」さんに並ぶ。
    メニューはあなごめしのみ。うまかった!2300円なり。
    この値段設定で、ではどこか他の場所でもあなごを食い続けるかというとそれは微妙ではあるけれど。
    まあ当然、商店街で「焼き牡蠣」も食いました、プリプリ!
    その横のギャル曽根さんが6個食べたという「牡蠣クリームコロッケ」も!

    いや、宮島いいところだなー。

    そこから、「世界遺産航路」で、シャガール展に!

    スライドショー、いろいろやってみましたが、現時点ではこれが一番かな?順番が今ひとつ思い通りにならんのだけれど。

    シャガールの絵から柔らかい光が降り注いでた (2013/12/22atHIROSHOMA)

    • 2013.12.29 Sunday
    • 13:49
    DSCF0390

    宮島から、広島の中心を流れる本川を経て、原爆ドーム前までたどりつくのが「世界遺産航路」だ。
    宮島でこのコースを見つけた我々は、あなごめしを喰ったあと、商店街で焼き牡蠣とついでにクリームコロッケも喰って、この船に乗り込んだ。
     
    海から少し川をさかのぼったあたりで、甲板に出て、ゆりかもめの接待を受ける。
    何でも餌付けしてる人がいるんで人に慣れてるとか。
    船員さんの下さったパン屑を空中に投げ上げると、それまで風のなかで止まったかに見えたゆりかもめたちは、すっと動いて器用に餌をついばむ。


    Untitled

    さて、今回の広島探訪の目的は、広島県立美術館で12月25日まで開催されている「シャガール展」だった。

    シャガールといえば、中学校の教科書とかにも載ってるので、絵を見せられると、みなさんが、ああ、というあの作家である。
    「愛と夢と幻想」と呼ばれる画家である。

    空をとぶ婦人やら、よくみると絵の端っこにはロバの横顔だったり、牛だったり、似たようなモチーフが繰り返し登場し、宗教色も強い。
    全体の色合いが原色をあまりいじっていないようなパステルタッチなので、
    ビギナー向けのようでもあり、
    美術少しでもかじった人は「ああ、シャガールね」って、
    ちょっと卑下したように言いがちなあの作家である。

    でも、彼の大作の前に立つと、
    心が体ごと浄化されていくような浮遊感を覚えるのだ。
    まるで、青い草原に立ったナウシカのように。
     
    今回、パリのオペラ座の天井画(シャガールがこれにとりかかったのはなんと76歳の時だった!)のスケッチから、
    陶器、タピストリー、壁モザイク、と、巨匠の多岐にわたる作品が垣間見れた。
    できれば、シャガールが晩年を過ごした南仏の街サン・ポール・ド・ヴァンスの光の下で、本物のそれらに会いたいものだなあと思う。
    (ニースには「国立マルク・シャガール美術館」があるのだ。)

    DSCF0389
     
    写真は、県立美術館の壁にかけられていた、シャガールの原画に基づいてイヴェット・コキール=ブランスが制作したタピストリー「平和」だそうだ。
    tweetしたら、以下の様な回答をご丁寧に頂いた。
     
    >ロビーのタピスリーはシャガールの作品《平和》です。
    >本展の最後に展示されていた《ニューヨーク国連ビルのステンドグラスのための最終下絵「平和」》から2枚のタピスリーが生まれ、そのうちの1点が展示されています。
     
    覚書のために書いておくが、
     
    自分が最初にシャガールを特別な存在として意識したのは、
    岡山の百貨店「天満屋」で開催された、一連の「ダフニスとクロエ」というリトグラフ展だったんだと思う。
    高校生ぐらいの自分はなんかを感じ取ったんだろうね。
    天満屋ついでに思い出したので書いとくけど、その百貨店で小学校の時に観た「アウシュビッツ展」も衝撃的だった。
    人体の脂から石鹸を作るために作られた中央に向かって傾斜した床とか(そこでユダヤ人は焼かれたという)、ユダヤ人の髪の毛で作られた縄とか、
    信じられないものを目の当たりにして、
    それが小学校高学年の永井豪の「デビルマン」との出会いで加速されて、幼少期の自分の中に消えることなく穿たれてペシミスティックな感情の一端となっていったんだと思う。
    だから、今は結構能天気である自分の中に、時に、絶望的な思いが渦巻くのと同様、
    実はロシア系ユダヤ人であり、世界を最後まで放浪したシャガールのあのにこやかな笑顔の裏にも、
    そのペシミズムは最期の時まで穿たれていたんじゃないか・・などと勝手に思うのでした。
     
      Untitled

    虫になってもヨロシク

    • 2013.11.09 Saturday
    • 13:31
     あっちを向いてこっちを向いて、いやそれじゃないと明後日の方向を見たりする。
    ぶれていると思っているのに、よくよく考えてみると着地点はほぼ決まっているような気がする。
    これって結局はぶれてないということなのだろうか、なんか面白味にかける人生だな。
    みんなの前であがいてるふりしてるだけで、実は醒めた男なのかもしらんな。
     
    みなさんいわれるAB型とやらだし。

    それでいいのかも・・と心の底では思ってる自分だっている。
    もういい歳なんだろ、部下だってたくさんいるだろ。
    やりたいことだってやってきただろ。
    お前ののぞんでる面白い人生ってホントは何だ?
    そう思いながら、ぐるぐるまわって、酒飲んで扉が開いた気になって、また頭の痛い朝を迎えるだけのことじゃあねえのか。

    ジム・モリソンは「知覚の扉」というフレーズから、自らのバンドをドアーズと名付け、
    登りつめて、ステージで性器をだし、ドラッグと酒に溺れ、最後の最後で自分自身が最も早く知覚の扉の向こうに行ってしまった。

    国家錬金術師のエドワード・エルリックは、最後の最後で、扉を閉ざして現世に戻ってきたな。
    ぼやけた頭でいろいろ考えはするんだよ。
    グラスの中で、氷が回って時間も回って、想いも回るからね。たとえ繰り返しだとしても。

    人生は短い。
    短い中でできることなんてほんとこれっぽっちもない。
    でも短い中でもそれなりに長いスパンで考えると、できることはないわけじゃない。
    でも、そうするためには、やっぱり自分を持って、もっともっと律することが必要なんじゃないのか。
    そうじゃないと大きな流れに流されるだけだと。
    今のままでええんかい、おまえ。

    そんなことを想いながらかどうか、
    一週間くらい前だったかな、真夜中の大街道にまた腰掛けて、地上30cmの視線で街ゆくお姉ちゃんとか若者を見てました。
    その視線で見る夜の世界は、なんか優しくなれたような気が(自分に対しても他人に対しても)一瞬だけだけどするんですよね。
    そんな地べたの視線の先に、きっと咲いてるんでしょうね、素敵な花が。
    でも逆に言うと、いつもそんなレベルのあたりを嗅ぎまわっているだけなのかもしれないんですけど。
    朝になったら夜露のように消えるなにかをね。

    ストリート・スライダーズの歌にありましたっけ、「野良犬にさえなれねえよ」、てえのが。
    野良犬さんに悪いですよね、そんなこと言ってんじゃ。
    街を嗅ぎまわり、ションベンかけて、こんなマスターベーションみたいな言葉垂れ流してるだけのおれにはその資格もないのかも。
    それとも野良犬じゃなくっても何かになれるのかなあ。
    この五十数年の人生で手に入れてきたなにかで。

    まあ、ちょっと先には、また別の御託を並べてるだけなのかもしれないんですけどね。
    もうちょっとストイックに生きようとはいつも思ってるんですよ。

    とにかくね、いつもそんなろくでなしのおいらに付き合ってもらってる方々、深謝しておりますよ。
    これからもどうかよろしくです。

    今思い出したけど、遠藤ミチロウ率いるパンクバンド「スターリン」の2枚目は秀逸でした。
    あれの中に、「虫」てえのが入ってますけど、こんな詩が誰に書けるっていうのって感じでしたね。
    ほんと、虫になってもよろしくですよ。
    虫になってもね、ヨロシク。

    気味の悪いヤツだな
    胸をつかまないでくれ
    おまえなんて知らない
    どこかへ飛んでけ
    虫になったらよろしく
    骨までひからびた
    もっともっともっと奥へ
    嫌になったよ
    おまえなんて知らない
    虫になったらよろしく
    きっとおまえが死んだんだ
    死・ん・だ ……
    笑うことさえ出来ないか
    おまえなんて知らない
    (遠藤ミチロウ「虫」)
     

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