『オレ、怒っちゃうと、顔が縞々になっちゃうんだよ』カウンターの長いスツールで、横に座った私の膝に手を持ってこようとしながら、ベムくんはわざとらしく言った。
また私を誰かと勘違いして口説こうとしてるんだ。
思わず、横っ面をはたきながら、『へぇそうだっけね!』と唇の端を吊り上げてわかるように笑う。
自慢のキュートな2本の犬歯がのぞく。
まあわざとこのスマイルやってんだけどね。
『だから肉食系、いや、ヴァンピーは嫌いなんだよ』
そう言って、ちょっと正気に戻ったらしいベムくんは、すごすごと伸ばしかけた手を引っ込めた。
その頬はしばらく紅潮していたが、潮でも引くみたいに一瞬にして消退して、そして今度は、複雑な紋様に変化し始めた。
前頭部の皮膚が隆起しはじめて、頭蓋骨の一点だけ異様に盛り上がって、そこからエイリアンの卵が孵化するみたいに花が開く。
花弁に当たる部分からツノが生えてきた。
おーやばい。
もうメタモルフォーゼ(変身)モードになるなんて、彼、だいぶ酔っ払っているんだろうな。
まあここんところ残業続きだったし仕方ないか。
自分を抑制できないんだ。
あれあれ尻尾も生えてきたよ、よだれもたらしてるよ、手も三叉に割れてきたよ、皮膚もぬらぬらしてきたよ・・。
ずっと昔、A・ベスターっていう人のSF小説に、怒りがピークになると虎みたいになるような男の話があった。
その本が書かれた1950年代のあの頃を思い出していた。
あの頃は、夜はきっちりと闇に包まれていたし、人間もモンスターに対する畏敬の念をいだいていてくれた。
ドラキュラ伯爵だって花形バリバリだった。
火星人なんてハリウッドでもキワモノ扱いの三下にしかすぎなかったんだからね!まったくもう。
そんなキッとした思いで、私は、カウンターの中にいる火星人バーテンダーをにらみつけてやる。
でも、なんと、彼は火星人の中でも誇り高い4本手の戦士部族、緑色人だ。
何ものにも屈しないはずの部族がどんな経緯でここでバーテンダーなんてやってるというのだ?
それでも彼は私に笑いかけてくれる。それもパーフェクトなスマイルで。
そんなわけで私はちょっとめそめそ顔になったが、すぐに気をとり直して、彼に微笑んでみる。
何事も外見からだ。
外見が内面を規定することだって多々ある。うーん、われながらムツカシイコト言ってるね。
「つぎは何になさいますか」
「そうね、じゃあXYZをちょうだい」
ご存知のようにこれで最後っていうカクテルだ。
私は一体何を終わりにしたいのだろう?
こんな夜はさすがの私も飲まないとやってられない。
だからベムくんの気持ちもわからないわけではない。
まったく今日の客は最低だった。いつでも人間ってやつは全てをぶち壊す。
ベムくんは特に、「正義」をなさぬ人間を見るとほっとけないタイプだ。
悪を正さないとすまないという遺伝要因というか性(サガ)というかそんなものを背負った「妖怪人間」だからなおさら厄介だ。
だが、この世の中でいまさら「正義」なんてどこに売ってるっていうんだろう?
私みたいに、代用血液でもダイエット可能な吸血鬼の生活のほうがよっぽどマシってもんだ。
生血がなくっても宅配でなんとかしのいでゆくことだってできなくはないのだから。
まったく、人間が死ななくなってから、ホントやりにくくなってしまいました。よ。
さあ、明日も団体さんのご案内だ。このタックスフリーのヘヴンではなんでもありだ。
そしてあたいらの生きてく場所はこんな所しか残っていない。
『ベラ・・』
遠いウインドウのマネキンを見てベムくんは呟くように繰り返す。
化物に変化しかけた途端に保安員から鎮静剤ぶち込まれたっていうのに、「妖怪人間」ベムくんは、昏倒からもう酔っ払いモードまでには復帰している。
だから酔って昔の女の名前を呼んでいるのは鎮静剤とアルコールの相互作用なんだろう。
彼女がいなくなってからもう何十世紀も過ぎたのにね。
可愛い男。
「ドームの外での夜の散歩もいいかもしれませんわ、でも寒いのはね、ちょっと。
だからわたくしはここから外を眺めてますわ」
隣の席のナイト・ドレスのレディが誰かにそう告げている。
緑色人のバーテンダーはグラスを磨いている。
ベムくんがまたコトバにならない声でつぶやく。
結局なんのかんの言って、隣のベムくんを傍観者みたいに眺めながら、私はため息ついてカクテル飲んでるだけなのだけど。
どこへゆこうか。私もベムくんも緑色人の彼も。
今日も火星サーカスの夜はそうやって更けてゆく。